July 21, 2005

藪の中

 先日、自分は未見のものなのだが、とある演劇の公演をめぐる評を
複数目にする機会があった。んで、思ったのはそれぞれの観点ってのは
あるんだろうけど、なんか今の若い人たちはなんだか危険な感じがした。
危なっかしい、という意味で。こいつアブねぇ!という意味でなく。

 ワカモノどもの一部であるが、「感動した」「泣けた」みたいな評価をある
サイトにカキコしてあるのをまず目にしたのだが、何日かのちに別のサイト
でみた評は「時間と金を返せ」みたいな、きわめて厳しい評価。
何でこんなに、同じ芝居に対して評価が異なるのか?
 でも、自分的に思うのだが、最近のワカモノは極端に言えば不勉強。ものを
知らな過ぎ。事象に対しての感覚とか考え方というのはそれに対峙した人の
人数分だけ存在するはずなのだけど、ある意味気味悪いのはおなじ感じ方の
人だけで群れをなすような、大学の仲良しサークル的な段階でその展開が
終わっているみたいに見えること。対論・反論にはたたかうわけでもない。
昔、オイラがワカモノだった頃は芝居とか映画の話であーでもないこーでもない
と論戦をシラフだろうが飲んでべろべろだろうが、展開して方向を模索した
ものだがいまどきのワカモノはどうもそうではないらしい。現代は便利なもんで
こんなブログのように簡単に自分を発信するメディアをもつことができる。
そのぶん、そのエリアでもう自分に酔っているようなやつが増えているみたい。
オトナとか権威に対しての挑戦意識なんてものは、軽やか過ぎて感じられない。
みんな自分を天才だと思ってるのかなぁ、とも感じられるのだ。
自分を発信するのなら、もっと蓄積を作るべきだとワタクシ的には思います。
いろんなものを見て、聞いて、感じて、笑って、泣いて、怒って、憎んで、愛して
攻めて、守って、走って、歩いて、ときには立ち止まり、とにかくいろんなことを
経験して、そうしたうえで自分を発信してほしい。
と、おじさんとして思った。

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September 28, 2004

水木しげる展を見に行く


 岩手県立美術館で開催中の水木しげる展(正確には「大(OH!)水木しげる展」だったかな?)
を見てみる。むかーし、まんがで水木しげるといえばとにかくおどろおどろしたイメージが強かったけど、
この展示では彼の作品を主にするのではなく、どちらかと言うと水木しげる一代記の紹介といった
風情だった。おかげで結構楽しめました。
 入場するとまず、水木しげるの実物大フィギュアがお出迎え。場内には
自伝漫画のページの拡大パネルを掲げてあって、これを順番に読んでいくと水木大先生の
物語がたどれるようになっている。鬼太郎の家とかの模型の展示なんかもあるが
結局これらのパネルやら作品やらを読みふけり、気がつけば3時間ほど経過。
 もともと絵のうまい人なんで、ペン画とかスケッチとかは感動もの。
本名が武良(むら)茂さんで、ペンネームの水木は神戸の水木通りからきているとは、
初めて知った。
 戦争で片腕なくしても、売れるまでビンボーでも、そのことを飄々と記す明るさは感服しました。
こういう、へこまない精神がほしいぞ、自分。
 うちまで歩いて帰ったら、やっぱ遠かった。

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