May 30, 2016

超高層のあけぼの

DVDのソフトを買うにあたって、発売日を忘れていることが多い。
おかげで、けっこう後になって手に入れようとしたら絶版になっていて探し回るということになるケースが、自分の場合けっこう多い。忘れている期間が長すぎである。
一回こっきりのプレスということが最近は多いので、気がついたら本当に入手が難しくなっていることも多々ある。逆にこうなるとあきらめがかえってつかなくなってしまって、何とかして手に入れようとネットオークションなど目を皿のようにしてチェックをしてしまう。
この「超高層のあけぼの」も、発売になるけっこう前から情報は押さえていたつもりだったのにいざ発売になったらすっかり忘れていて、気がついたのは3年位前。ちなみに発売は2009年だったから、都合3年ほど買い忘れに気付かなかったことになる。気づいたときにはもう遅かった。すっかりプレミア価格で取引されていたのでありました。アマゾンなんかだと2万円超えてた時期もあったので、仕方なく気長にオークションで探して今回やっとこさゲット。その間にCSでも放映されてて一応そっちも録画したにはしたけど、出先じゃ見られないし何とかしてDVDが欲しかったのです。
いくらで買ったかは、やぼだから言わない。

 物語はというと、つまりは日本初の超高層ビルである霞が関ビルの建設工事を描いた群像劇。一応、メインになっているのは池辺良が演じる江尻所長なんだが、それ以外のキャストもとても豪華である。
見てみたかった理由は、一番はこの豪華なキャスト。そして、すんごい大作だったのに制作されてから30年あまり忘れられた存在になっていた不思議さ。
制作は日本技術映画という鹿島建設の系列会社で、現在はカシマビジョンと名を変えている。同じ会社で同じタイトルの短編記録映画も撮っているので、検索するとちょっとややこしい。

超高層のあけぼの 1969年
監督:関川秀雄
原作:菊島隆三
脚本:岩佐氏寿・工藤栄一
音楽:伊福部昭

昭和三十八年二月。東京大学で工学部の古川善二教授(中村伸郎)の最終講義が行われていた。そこで教授が説く。「過密都市となった東京は再開発の必要があり、そのためには超高層ビルの建設が必要である。しかし現状では法令でも、資金的にも、そして技術的にも課題がある。私の夢である超高層ビルの実現を若い世代に託すことになるだろう(だいたいこんな内容)」
講義を終え、研究室に戻った古川教授は来し方を振り返る「あれから40年が経った」
それは1923年(大正十二年)九月一日の関東大震災。帝大の学生だった若き日の古川教授(山本豊三)が昼飯のため下宿に戻ったところを震災が襲った。ちなみに下宿のおばさんは関京子であった。
多くの家屋が倒壊し火災が発生。そんな中で古川青年は医師である兄(平幹二郎)が懸命に救命活動をしているところにでくわす。兄の無事を素直に喜んだ古川青年だったが「よかったじゃない!亡くなったのは五万十万ではすまないんだ!」と叱られる。そのすぐそばで失われる命。そんな時、古川青年は大きな余震にも耐えてそびえ立つ上野五重塔に衝撃を受ける。五重塔の構造を徹底的に調べた古川教授は、地震に対抗するのではなく受け流す柔構造理論にたどりつく。しかしその新たな理論はなかなか学会では認められず、ようやく認知されつつあった状況ではあった。
そんなことを思い出していた教授のもとに来客。鹿島建設会長の鹿島守之助(佐野周二)とその妻であり副会長の卯女(三宅邦子)が訪ねてきたのだった。
「三井不動産から内々に依頼があったのですが、日本初の超高層ビルを作りたいのです。先生になにとぞご協力をお願いしたい」と鹿島はオファー、古川教授は理論的には可能だが解決すべき問題は多いとはじめは渋るのですが、鹿島の「いずれ誰かが日本の都市問題を解決するのに超高層ビルを作らなくてはなりません。先生のお力添えをお願いできませんか」と熱く語るのでした。その熱意にほだされ古川教授は鹿島建設入りを決意します。
古川教授は早速、持論の柔構造を導入し構造設計にとりかかります。彼を支えるのは教え子たちの面々、構造設計課長の佐伯(木村功)、課員の大原(池田駿介)、そして工事事務所長に内定していた江尻(池辺良)などなど。教え子のひとりとして、通りがかりの木下工事部長(丹波哲郎)はおまけ的に出てきます。
古川教授のもと、三井不動産への提案としてまとめられたのは36階建て、総工費180億円の建造物。
これに対して三井不動産の役員たちはこれを受け入れることを渋ります。しかし三井不動産社長の川島(八代目松本幸四郎)の鶴の一声で36階建て、総工費150億円で決定し建設がスタートすることになります。ちなみに三井不動産首脳陣は水野専務(花柳喜章)、芝常務(根上淳)、鮫島常務(永井秀明)などなど、けっこうな重量感。
時間と経費の問題で、主な構造材にH型鋼を導入しようということになり理論的にも使用可能であるとしてH型鋼を調達しようということになります。富士製鉄広畑の大型工事部長の竹本(渡辺文雄)に相談してみた所、ここでも高精度のH型鋼を多量に作るのはコストの問題から難しいと言われてしまうため、ここでも難題に直面します。
しかし江尻所長はH型鋼の使用を強く推します。結果として当初の予算に合わせるよう、工法などを工夫することを考えていたのでした。
正式に発令し江尻所長以下のメンツが決まります。というわけで江尻所長の家で工事担当者が集まり決起集会が開かれます。お世話するのは江尻の妻・佐知子(新珠三千代)。構造設計班と共に現場のスタッフとなったのは松本所長代理(鈴木瑞穂)、菊池工務部長(河合絃司)、佐々木第一工務課長(寺島達夫)、宮本第二工務課長(南廣)という面々。
佐伯が家族でスキーに行ったときに、転んだ拍子に新たな工法を思いつき、これで一気にコストダウンのめどが立ちます。しかしそのためには新しい形式のデッキプレートを開発する必要があり、ここでもまた江尻以下のスタッフは苦労することになります。同時に他の素材についても開発がすすめられます。表面のガラスは旭硝子、高速エレベータは日立製作所、建物全体のシミュレーションを石川島播磨で試験がすすめられていました。
で、これらの開発にかかるコストは松本幸四郎から値切られてしまい、これを承知する佐野周二の表情はほとんどコントです。
この辺での物語の小ヤマは、公開試験のためのH型鋼をなんとか調達しようというくだり。試験的に製造したものは試験用に細断されてしまったため、大急ぎで再製造を渡辺文雄に頼み込む木村功。その熱意にこたえ、工場のスケジュールを調整して大急ぎでH型鋼を作り至急便で送り出します。いつもと違うとてもいい人の渡辺文雄が印象的です。しかし、このH型鋼が試験に間に合うのかどうかで木村功ほかの面々はものすごくやきもき。悪天候のために予定の時刻に着くかどうか心配になって会社で各方面に問い合わせていた木村功はたまらなくなり試験場へ車で向かいますがその途中で事故を起こし、重傷を負ってしまうのでした。
公開試験の結果は大成功。その報を佐伯こと木村功は妻の直子(佐久間良子)に看病されつつ、病院で聞きました。この結果を受けて、ついに霞が関ビルの建設工事が着工されます。同時に広畑製鉄所ではH型鋼の量産を開始し、その第一便が東京に向けて出発、それを見送る渡辺文雄らのの姿で第一部が終わります。
見てから気づいたけど、これって実は二部構成の長い映画だったのね。ランタイムは2時間40分でした(^_^;)
とにかく伊福部さんの音楽がこれでもかと言わんばかりに響きます。

舞台は変わって、長野県の山中。東京電力の奈川渡ダムの工事現場。クレーンオペレーターの島村(田村正和)のもとを恋人の土橋道子(藤井まゆみ)が訪ねてきます。その間柄をなんとか聞き出そうとする飯場のおばちゃんは北林谷栄でありました。二人はラブラブなんですが道子は東京、島村は長野の山の中。遠距離です。でも島村は「今度、東京のど真ん中にでっかいビルができるんだ。そこの新型クレーンのオペレーターになって俺は東京に行くんだ」と告げ、ふたりは盛り上がるのでした。
ちなみに、問題のH型鋼はどう使われるのか?というのがこの後しばらくわかりやすく説明されるくだりが続きます。これの加工を請け負ってたのは横河橋梁だったのを知り、こないだそういえば橋梁が落ちた事故も横河だったたなぁ、と思い出したりしたのは個人的なことです。
鉄骨の組み立ての予定工期は台風シーズンを交わすために200日と設定されていて、そのためには何と言っても安全第一。現場のとび職人たちに下請けの磯部建設社長(菅井一郎)はその大切さを説きます。
「日本で147メートルの鉄骨をくんだとび職は一人もおらんのや。おまえらは超高層のスターや!」
とハッパをかけ、彼らをとび職の大番頭の小森(小林昭二)が率いることになります。現場のシーンでの映像は、この映画の制作当時に同じ工法で施工中だった浜松町の世界貿易センタービルの現場で撮影したそうで、実際にここで芝居もやってるんだけど高所恐怖症にはかなりこわい現場だったろうなー。
クレーンのオペは島村がやってます。で、ここで出稼ぎのとび職人・星野(伴淳三郎)が登場。
物語は現場レベルの人々によって展開していきます。
鉄骨の組み上げの作業自体は大変快調に進行していったのですが、ある日、島村のクレーンオペのミスでとび職を怪我させてしまいます。へこんだ島村=田村正和はすっかりくすぶり状態。そんな田村正和をやさしく励ましてくれるのは山形から出稼ぎのとび職人、星野=伴淳三郎であります。だけどその星野は星野で、デッキプレートの掃除をしてて落ちてたボルトをポイっと階下に投げ捨ててしまい、トラックの屋根に穴をあけてしまう騒動を起こします。もちろん江尻は星野をしかりつけるんだけど、素直に申し出てあやまる星野の様子を見て笑って許してあげます。
現場は年末年始のの休暇に入り、星野の帰省とか島村=田村正和が道子の両親にあいさつしに行くくだりが入ります。ちなみに伴淳三郎のヨメさんは利根はる恵。道子の父は中村是好とシブいキャストの配置です。
そんなこんなのタイミングでインドネシアから帰ってきた木下=丹波哲郎が登場。毒にも薬にもなりません。
三井不動産サイドでも、新しい超高層ビルのテナントを確保するためセールス活動を活発化させています。トップセールスで河島社長が東西石油の岡林社長(柳永二郎)を訪問、営業活動を行います。
雪のせいで工期が押してしまったり、さらに雷がバリバリ鳴り響く中での作業には島村がパニックを起こしたりします。

そしてついに、霞が関ビルは上棟式の日を迎えることになりますが、当然のごとくこのシーンはメインキャストのほぼ全員がそろっているシーンなのですごいことになっています。完成した霞が関ビルを仰ぐ人々の姿をとらえ、物語は幕をとじるのでした。

のっけから「この映画は讃える」なんて字幕に伊福部昭の重厚なテーマソングでそのヘヴィさに負けそうになります。そして、この作品には悪い人はぜんぜん出てこない。みんなビルを建てるのに一生懸命です。実際はドキュメンタリー的な作品なんで実名でやっても良かったんじゃないかと思うのですが、三井不動産の社長は川島ではなく江戸英雄会長だし、霞が関ビルの発案者で鹿島建設に副社長として招かれたのは古川教授ではなく武藤清。江尻所長は実は二階盛さんという具合に、いろいろ実在の方をモデルにして設定が変えられています。
「産業芸術映画」という新しいジャンルを作ったという鹿島守之助会長、この映画にはたいへん熱意をもって取り組んだことがよくわかる。えらい。この作品が制作されていた当時、ほぼ同時に進行していたのがあの「トラ・トラ・トラ!」だったそうで、ちょうど黒澤が降板してキャストの組み変えをしてたもんで有名どころの俳優さんを確保するのが大変だったというのもすごい裏話。今の作品とか見てても、こんな重量感のあるキャストはいないもんなぁ。
とにかく、人が人を動かすというのはその人の実直さがあってこそということを教えてくれる良い作品でありました。

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March 13, 2016

恋文(1953年新東宝)

実際のところ、この作品については積極的に「これ見たい!」と思ったわけではなく

きっかけになったのは、この写真であった。
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盛岡出身の映画女優、新東宝のお色気路線のスターだった三原葉子

今、このひとを再発見しようという取り組みをやっている。
そのなかで同級生だった方から分けていただいたのがこの写真。
とある催事のパブリシティにも使いました。
背景にあるのは旧盛岡中央劇場で、ここで上映されていた三原葉子も出演したこのシャシンはたしていったい何と言うタイトルのものだろうか?という疑問がそもそものきっかけ。三原葉子だから新東宝らしいということまではわかるけど…

丹羽文雄の原作で木下恵介の脚本ということから調べてみたら、これは1953年に制作された「恋文」という作品だったと判明。
中身を確認してみたら、なんとまぁゴージャスな作品だった。
監督は田中絹代。第1回監督作品であります。制作は永島一朗(香川京子の叔父にあたる方)
助監督がなんと石井輝男。
田中絹代の初監督作品ということもあってか脚本は木下恵介が担当し、これに成瀬巳喜男が手を入れたそうな。
もともとは彼女に監督させてみようという発想をしたのは小津安二郎だったって(^_^;)それに難癖つけたのが溝口健二という、裏話の段階でもはやオールスター。
キャストもオールスターというか、田中先生のためなら、と松竹・大映・東宝の俳優陣が勢ぞろい。
で、物語はというと

ビビアン・リーの「哀愁」となんか似てるよ。

弟・洋のアパートに居候している真弓礼吉は元将校の復員兵。英語とフランス語が得意ということで、洋の持ってくる翻訳の仕事を請け負ったりしている。その合間に礼吉は街に出ては誰かの姿を探している様子。
渋谷まで出向いた礼吉は旧友の山路と出会う。礼吉は、山路に自分の仕事を手伝ってほしいと言われたが、それは米兵の女になっている女性のラブレターの代筆。
家にいてじっとしているよりは、と考えて礼吉は手伝いを引き受ける。三原葉子はこの山路の店の向かいにあるだんご屋で大騒ぎしながらだんご食ってました。
山路の仕事を手伝う礼吉の様子を見た洋、山路の仕事場のあるすずらん横丁で自分の古本屋を開業することを決意。とんかつ屋の一部を借りて小さな店を仕立てます。
そんな折、山路の客としてやってきた女の声に礼吉は聞き覚えがありました。その女の後を追う礼吉、井の頭線の渋谷駅で彼女を見つけ出します。彼女は久保田道子。礼吉の幼馴染で、礼吉がひそかに愛していた女性でした。礼吉は街に出ては彼女の姿を捜していたのでした。礼吉が外地にいた戦時中に、道子は親の決めた相手と結婚していたけど夫は亡くなっています。
かわいさ余って憎さ百倍、ってわけでもないけど、自分が好きだったのによその男の嫁になったあげく米兵のオンリーにまでなった道子を礼吉はなじってしまいます。
生きるためには仕方なかったとはいえ、礼吉の言葉に道子は嘆き悲しみます。礼吉は礼吉で、自分の想い人が自分が生活のため客として相手にしているズベ公のオンリーみたいになってしまったことで酒に逃げちまいました。そのズベ公オンリーのラスボス的に、物語の中盤で登場するのは田中絹代先生です。
一方で弟の洋はそんな兄の様子を見かねて、道子の元を訪ねます。道子は一生懸命に求職活動していました。そして、やっととある立派なレストランのクロークとして就職します。
洋はそんな道子を礼吉と一緒にお祝いしようと考えますが、礼吉は意固地になってしまって「行かない」ということを聞きません。そんな礼吉を山路が張り倒します。それでやっと目が覚めた礼吉、山路と一緒に道子の下宿先を訪ねきついことをいったことを詫びることに。
かたや洋と一緒にいた道子、礼吉にお祝いしてもらえないことで「自分は許してもらっていない」とへこんで泣いちゃうところに、かつての「同業者」たちにまで出くわし汚れた自身の身の上を嘆き車道に飛び出してしまいます。
道子の帰りを待っていた山路と礼吉の前に警官が現れ、道子が事故に遭ったことを伝えます。タクシーに乗り、道子の運ばれた病院へ向かう途上、やはり道子が大切な存在であると再認識した礼吉はひたすらに道子の無事を祈り続けるのでした。

物語はまぁ、こんな感じで。
おそらくは礼吉と道子はハッピーエンドを迎えることができるんだろうなぁ、という感じの結末になってます。

大蔵体制以前の新東宝の映画はプロデューサーシステムでの制作が多いので、自前の俳優がいても外部から監督やら俳優やらを迎えての作品作りをしていたわけで、この作品もそんな流れの中の一本。
田中絹代の初監督作ってことで、出演者はゴージャスです。判明したのはだいたい以下の通り

真弓礼吉(森雅之)=大映
真弓洋(道三重三=国方伝
久保田道子(久我美子)=大映
山路直人(宇野重吉
山路の奥さん(たぶん高野由美)
古本屋の主人(沢村貞子
その娘・保子(香川京子
山路の店の向かいのだんご屋のおばさん(おそらく出雲八枝子
手紙かいてもらってるオンリーの女(北原文枝
だんごの差し入れする美人のオンリー(安西郷子
十本もだんご食ってるオンリー(三原葉子

礼吉の母(夏川静江
道子の継母(坪内美子
道子の父(高田稔
とんかつ屋の主人(花井蘭子
洋の女友達(関智恵子)なんか北原文枝に似てる
洋の店の手伝い(小倉繁
道子の下宿のおかあさん(入江たか子
ちょっとだけ出てくる洋の古本屋の客(安部徹
古株のえらくすれたオンリーの女(田中絹代
ケーキ持ってくるオンリー(朝丘雪路
犬を抱いてるオンリーのおばさん(たぶん清川玉枝
レストランの支配人風の女(岡村文子
レストランの客(笠智衆 一瞬だけ登場 だと思う。一緒にいるのは三宅邦子?)
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流しの歌うたいにちょっとだけリクエストする客(佐野周二
横須賀のマリー(中北千枝子)あと二人いっしょにいるけど、ちょっとわからん。
クレジットにいる花岡菊子と井川邦子が見つからない。
木下恵介も、クレジットには名前があるけど「写真屋」って役自体がないような。
あと、久保菜穂子も(予告編のナレはやっているらしい)

今作では監督やってる田中絹代ですが、やはり役者としても登場。で、やっぱ格の違いというか女優の心意気というか、見せてくれてます。ものすごいどうしようもなくズブズブの状態の、齢をくったオンリーを演じてるけど森雅之じゃなくても説教したくなる雰囲気満点。それにしても真弓礼吉は説教しすぎだよ、と思う。こんな男、理屈っぽすぎてモテないだろなー。演技と言えば、今作での道三重三こと国方伝、この当時は俳優座の所属なんだが森雅之の弟として彼にからむ機会が多いのはちょっと気の毒。あんま芝居できないんだもん。のちに新東宝の専属になる訳だが、これがある意味で新東宝クオリティかも。

田中絹代の監督作品は全部で6つあるんだそうで、その第一回作品がこれ。監督やるのを薦めたのは小津安二郎らしい。その映画的な勘のよさを高く評価してのことだったというけど、この作品見てる限りで監督としてのセンスはどうかというと、問題ないと思った。尺はともかく、本作についていうならこじんまりとまとまっていてツッコミどころもない感じ。これが初めての監督作ということを考えると合格点でしょう。とはいってもこの時代はまだ小津・成瀬・溝口ほか多くの名匠が活躍していた時代だから、それらに比べるのはちょっとつらいかな。でもこの人のセンスなんだろうが、コメディリリーフ的な女優の配置がうまいと思った。
とにかく、田中絹代の存在の大きさがよくわかった作品でありました。

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February 27, 2016

南部騒動 妲妃のお百

 本当ならこれ以外にもいろいろ見てるんで、これより以前に見た「他人の顔」とか「白夫人の妖恋」とか、「女巌窟王」とか書くべきものもあるんだろうが

 今回は書くのが簡単そうなのでこれにしたのでした。小畠絹子の出てる映画のパターンって、だいたいはささやかながら幸福な生活を送るヒロインがどんどん転落していって落ちるところまで落ちて、でも最後は何とか希望のもてるオチになるのが定番なので、見てみたら今回もこの展開だったんだものなぁ。

南部騒動 妲妃のお百
監督:毛利正樹
脚本:大貫正義・葉山浩三
制作:大蔵貢

本来は南部藩でなくて秋田佐竹藩なはずなんだが、まぁいいや。

国屋敷があるから江戸なのかな?南部藩の御用米を一手に取り扱うのは桑名屋徳兵衛(岬洋二
ここで働く惣七(武村新)の一人娘・お百(小畠絹子)は人気者。そりゃ美人だからねぇ。
小畠絹子の転落はけっこう早く始まる。いきなり父の惣七が運んでいた御用米の米俵の下敷きになり重傷を負ってしまい、働くことがかなわなくなってしまったのだ。
そのかわいそうな様子に同情したお百のあこがれの男前の南部藩士の内海幸次郎(明智十三郎)は見舞金を徳兵衛に預けるんだが、徳兵衛はそれを着服。下心丸出しの徳兵衛は同情してるフリをしてお百を住み込みの女中として働いてもらうことにした。
まぁこれでやれやれひと段落、という流れになったところでお百は盗賊の不知火小僧(中村竜三郎)の捕物に遭遇、でもお百は不知火に脅されて捕り方に彼のことを教えなかったので、彼はその場をやりすごすことに成功。
「またな」と去る不知火小僧はこののちいろいろと関わることになります。

やっぱり、案の定、お百は徳兵衛に手込めにされてしまい、徳兵衛は彼女を妾にすると父親の惣七にわざわざ伝えに行きます。徳兵衛が留守にしている間にお百に届けられる内海さまからの手紙、お百は切ない気持ちを募らせるのでした。
で、惣七に彼の娘のお百を妾にすると伝えた徳兵衛、当然のごとく反対されます。
「俺はおまえが藩の御用米をくすねてんのを知ってんだ!出るところ出てやる!」
と寝たきりの惣七に凄まれた徳兵衛、カッとなり惣七の首を絞めて(スリーパーホールドだけど)倒してしまいます。
駆け込んできたご近所さんから父が大変と伝えられたお百は急ぎ家に戻ると惣七は虫の息。
惣七は最後の力を絞り徳兵衛にやられたとお百に伝えこと切れる。お百は復讐を誓います。

これ以後、お百はどんどん大胆にお妾さん稼業に精を出していく。
徳兵衛の女房・お初(加藤欣子 「女競輪王」でも活躍)が見ている前でも大胆にいちゃついたりして、どんどんお初の怒りはつのっていくのでした。そして、どっかの宿に二人がしけこんでいる現場にお初乱入。なだめる徳兵衛だったが、結局口論になりお初は徳兵衛に突き飛ばされ階段から転落し絶命してしまう。
桑名屋の苦難は続くもんで、大嵐が来てしまい持ち船三隻が全て沈んでしまい、ついに事業停止。残った家財を越前屋に売り飛ばし都落ちするのでありました。
その道中、お百は不知火小僧に再会。お百は不知火の手を借りて徳兵衛に復讐を開始。
不知火が徳兵衛の財布を隠し、困っているところに不知火が善意で金を融通してあげるふり。
そのついでに道中、不知火も同行する。地獄谷にさしかかったところ、お百は今までの徳兵衛への恨みつらみをぶちまけ持ってきた短刀で刺して、不知火の助けを得て崖下に落してついに復讐を遂げるのでありました。

それからのち、お百はいつのまにやら深川の料亭で小春という名で芸者にとらばーゆ。不知火はどこいった?
南部藩の江戸家老・吉川外記(芝田新)はそんな芸者のお百に心惑わされて内海をダシにこそっとあいびき。そこで外記は恐るべき陰謀をお百に伝えます。彼の計画は、お百を腰元として殿の元に送り込みその実は自身の子をお百に産ませ、それを南部藩の世嗣としてしまい南部藩二十万石(だったかな)をわがものにしようというもの。この計画に乗ったお百は八重菊という名で外記の営業の結果、見事に殿様(伊達正三郎)に気に入られ腰元に収まります。
それでもお百が忘れられない存在は、内海幸次郎さま。ドキンちゃんみたい。
一方の内海、彼は本流派の中心メンバーとして南部藩江戸屋敷にて勘定方として働いておりました。そんな中で外記がいろいろ金をバラまいていることが判明。江戸家老の谷口一角斎(久保春二)と困ったもんだと相談しておりました。
そんなこんなしてるうちにお殿様が出府してきて、使途不明金は内海が着服してると外記が殿様にウソを吹き込んでしまい、殿はこれを信じちゃったもんで内海はお目通りもかなわなくなってしまいます。
これは困った、と島耕作みたいになった内海は国表の家老、津島掃部介(林寛)に事の次第を手紙に書いて送ります。なんとか内海を守りたい掃部介は内海に何とかして外記の悪事の証拠をつかむように指示。たまたま一角斎の娘、糸路(やっぱりかわいいお姫さまぽい役はこの人、北沢典子)が行儀見習いに国屋敷に勤めに入っており、八重菊の世話係を仰せつかっていることを本人から聞き、糸路に八重菊の監視役をさせることにします。
内海も自ら八重菊の様子を見張っていますが、そこに久々に不知火小僧が登場。また捕物になります。
でもこれはおまけみたいなもんで、八重菊(お百)は殿に気に入られているという事実を利用して外記との関係もあんばいよく保っているのであります。
高僧の行雲(大谷友彦)の祈祷により、南部家代々短命なのは先祖が殺した白蛇のたたりのためなので、その白蛇のたたりを除くのには毎朝冷泉を飲み祈祷所で白蛇を安んじるべしという指示が伝えられます。同時に、不知火小僧がお百の現状を知り自身を屋敷にかくまうよう要求してきます。
お百は外記と相談し、八重菊がお百であった過去を知る不知火小僧を殺すことに。たらしこんでその隙に斬り殺すつもりだったのですが、これが失敗。お百が切りつけて傷を負わせただけで「おべえて(覚えて)やがれ!」との捨て台詞を残した不知火には逃げられてしまうのでありました。
翌日、糸路はこそっと内海に会い、彼に短刀を渡します。それはお百が不知火に手傷を負わせたときのもので、血のりが残っています。八重菊の部屋で何かあったに違いないと内海は確信。その様子を不知火小僧は見ていました。
そんな中、ありがたい冷泉を毎日飲んでいる殿様は体調がどんどん悪くなっていきます(やっぱり)
一方で短刀がないことに気付いた八重菊ことお百と外記、糸路の行動を怪しみウソの手紙をことづけて使いに出します。当然、中身を改めようとした糸路はその現場を外記に押さえられ捕まってしまいます。誰の仕業かを糸路に吐かせようと外記は彼女を縛り上げ拷問するのでした。外記といっしょに糸路を責める侍は泉田洋志であります。が、その様子を見ていた不知火小僧はこの状況を内海に知らせるのでした。なにゆえ自分にそんなことを教えるのかちょっと疑問に思う内海でしたが「早えとこ助けに」とせかされ二人で糸路救出に走ります。
同じころ、一角斎は怪しい侍たちに襲われます。その場に駆けつける内海と不知火小僧でしたが一角斎は倒されてしまうのでした。
そんな寄り道しながらも糸路救出に突入する内海と不知火、大立ち回りのすえ糸路を助け出します。
このシーンの中村竜三郎の「ここはあっしが引き受けた!おめえさんたちは早く!」というj台詞が気持ちよく響きます。
そのまま早馬を飛ばし南部国表へ駆けつける内海は掃部介に八重菊の素性を報告するわけなんだが、どの証拠で?糸路を助けるのに協力してくれたのに不知火小僧を「怪しげな盗賊」なんて言ってるし。
このままでは殿の命が危ない、と掃部介は急ぎ江戸に上ります。だけど、殿は「心配ないから国表に帰ってよい」と掃部介を帰そうとします。ならば、と掃部介は内海幸次郎の勘定方への復職を願い出るわけでしたが、なんでか八重菊もこれを殿にお願いします。内海が来てるってんで舞い上がる八重菊ことお百、深川端の料亭で会いたい旨の手紙を彼に渡してしまうのでした。掃部介と内海は何で?と疑念を持ちますが、復職できたのも八重菊の口添えあってのこと、何かいわくがありそうだってんで内海は八重菊と会うことにします。
待ち合わせの場所に来てみると、八重菊があっさり自分の素性を内海にバラし、ちょこっと昔話に花を咲かせたくらいにして今回の企みの中身まであっさりばらしてしまうのでした。内海も内海で、言われてやっとこさ思い出してるけど。そんなに内海のことが好きだったんならこんな悪だくみに加わるなよなー。
とにかく、「内海さまのいる南部藩という話に心惹かれ、外記さまの口裏にのったあさはかな私。いつのまにやらこんな悪い女になり一大事に関わってしまいました(泣)」なんてあっさり白状したのでこの騒動も一気に終幕にむかうわけであります。
(たぶん)翌日の江戸屋敷、掃部介が外記を詰問しています。例の、内海が糸路から手に入れた短刀の血のりの由来を問うていましたが、外記は当然しらばくれるわけでした。でもそこに内海が不知火と糸路を連れて登場。
「この者たちに覚えがあるはず」と問い詰めます。さらにそこに八重菊ことお百「ほほほほほほほほ」と笑いながら登場、外記のすべての悪事を殿にバラしてしまうのでした。予定調和でここからは開き直った外記一味vs内海と掃部介ら主流派との大立ち回り。
当然のごとく不知火小僧の中村竜三郎は見せ場がいっぱい。持ってるエモノが短ドスだったはずがいつの間にか長ドスになってますが、気にしちゃいけない。糸路も殺陣で大活躍。
内海の明智十三郎の殺陣がやはりここではメインになりますねー。そして、ここまでただいるだけでさっぱり目立つ場がなかった植木主水(村山京二)が大活躍。そんなこんなで予定通りに外記は内海と不知火のツインビーム攻撃により倒されます。死ぬまでけっこう時間がかかります。
それを見届けた八重菊ことお百、その場で自刃しようとしますが不知火と内海とに「早まるでない」止められ、のちに尼僧になってしまうのでした。様子を見に来た内海と糸路を見送るお百の姿で本編は終わります。


とにかく、テンポが早いこと早いこと(笑)そして、小畠絹子さんはやっぱりよその映画会社だったら大成できたろうになぁとしみじみ感じる。よその制作会社に比べてあまり裕福でなかった新東宝なのですが、ことさら現代の目で見ても時代劇にかかってる手間ひまは半端なもんじゃないです。いつもどおり、ジェットコースター展開で運命に翻弄されていると思われる小畠絹子が見られるという安定感がすばらしい作品でした。
でもなぁ、オイラ的には南部騒動だってんで見てみたかったのに物語の主な舞台は江戸の国屋敷。
もっと国表の様子も描いてほしかったです。

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June 24, 2015

バニー・レークは行方不明

以前にイマジカBSで放送してたのを録画しておいて、それを今になってやっとこさ全編通して見ることができました。
もともとは「2001年宇宙の旅」のボウマン船長を演じていたキア・デュリア(本当はキア・デューレイと発音するらしい)が出演していたということを以前に聞いていて、見てみたいとは思っていたけどソフト化もされず見る機会がなかったのだがたまたまイマジカBS見ていたら放映していたので録画しておいたもの。
監督がオットー・プレミンジャーということは後から知った。
彼が監督だと現場の厳しさが並じゃなかったという話で、日本だと鈴木英夫みたいなもんか。

原題:Bunny Lake is Missing
1965年イギリス

ある日のロンドン。
アメリカから引っ越してきたアン・レーク(キャロル・リンレー)は引っ越してきたその最初の日に保育園に娘のバニーを預けた。
ところが、その日の午後に彼女が娘を迎えに来てみると娘のバニーことフェリシア(スーキー・アップルビー)はどこにもいない。保育園の誰に聞いても、そんな子は知らないというばかり。
アンは兄のスティーブン(キア・デュリア)に連絡をとり、警察にも届け出る。
担当のニューハウス警視(ローレンス・オリヴィエ)は早速捜査を開始。
アンによればその日は保育園に預けた初日で、調理担当の女性に預けて「初めての日の部屋」にバニーを連れて行ってもらっていたはずなのにその女性がいない。保育士の先生もバニーを知らない。ニューハウスはアンの言動に疑いを持つ。
とりあえず自宅に戻ったアン。なんだけど怪しげな大家のウィルソン(ノエル・カワード)に言い寄られたりしてテンパり加減はさらに高まる。
そして気づいたのは、自宅からバニーの服もおもちゃも、とにかくバニーの存在を証明するものがすべてなくなっていること。
なぜ?とアンは慄然とする。
一方でニューハウス警視は真面目に捜査を続行。アンのフラットも訪れ現場検証し、スティーブンからアンとバニーが船に乗ってロンドンにやってきたのがいつだったかを聞き、アンにも確認。
ニューハウスの、アンにとってバニーは妄想の産物だったのかという疑問はさらに深まる。
でも憔悴しているアンの様子を見かねたニューハウスは彼女をパブに連れて行き、軽い食事をとらせる。
その場にやってきたスティーブン、ニューハウスにくってかかる。
ニューハウスは「家に帰る」とか言っときながら船会社に行き乗客を確認。スティーブンの記憶をもとに船が着いた日を確かめると、その日にアメリカから着いた船はない。やはりバニーは存在しないのか?
だが、そこでスティーブンの話とアンの記憶とで到着した日が1日異なることに気付く。アンの記憶をたよりに一日前の記録を確認してみると、その日にはアメリカからの到着便があった!

一方でいったんスティーブンの家に戻ったアンはバニーの人形を修理に出していたことを思い出し、えらい気味の悪い人形屋さん(フィンレイ・カリー)のもとへ行くと確かにバニーの人形があった。これでバニーの存在を証明できる!と思ったらなぜかそこに現れたスティーブンに人形を燃やされ、さらに気絶させられたアンは精神病院に入院させられてしまう。
なんとか病院を脱出したアンはロンドンに来てすぐにいた家に向かうと、そこにいたのはスティーブン。彼の車のトランクにバニーは隠されていた。スティーブンはバニーを殺して埋めてしまおうとしていたのだった。
何とかバニーを助け出したアンはスティーブンと対峙することに。
アンとスティーブンは、はっきり言って兄妹の間柄がえらいゆがんでたのですな。
アンのことを独占したかったスティーブンにとってはバニーの存在は邪魔なので、バニーのことをなかったことにしてしまおうとしていたのでありました。アンはそのことを何となーく感じてはいたけど、それがほとんど今回は狂気レベルだということを知ってバニーを何とか守ろうとする。なのでスティーブンと昔のように遊んでひたすらバニーから気をそらし、必死に時間稼ぎをするアン。
そこにニューハウス警視らが到着、スティーブンを取り押さえ事件は解決するのでありました。


でてくるキャラクターが変な人ばっかなんで、少しは主人公もまともなのかと思ったら実は変な人である部分もありというのが面白いところ。
何と言っても一番変なひとだった兄のスティーブンを演じてたキア・デュリアはこの後に出演した「2001年宇宙の旅」のボウマン船長役で多くの人々に記憶されているはず。で、この作品では妹に対してゆがんだ愛情をもち妹を独占しようとする変な人を熱演してるんだけど、そのタッチがえらくさらっとしてるのでかえって変な人っぷりがリアルな感じ。
アンに言い寄る変な大家ウィルソン役のノエル・カワードもこの作品ではけっこうな熱演。「ミニミニ大作戦」のブリッジャー役みたいなのがこの人にはぴったりだとは思うけどな。アンに言い寄ったあと、その場に現れたニューハウスたちに追い出されてしまうけど、そのまま監視についた刑事たちに独演会をするくだりがまた妙な感じ。
妙な独演会といえばもう一人、マーティタ・ハントが演じていた保育園のオーナー、アダ・フォードも変な登場人物。自身の部屋の中で一人芝居をするこのフォードさんというキャラクターを、これまたさらっと演じている。この人、トニー賞も受賞してる実力派だったんだね。
変な人のトリを飾るのは人形屋のフィンレイ・カリー。普通ならこんな人形屋には行きたくないのが普通だと思うよ。人形についてアツく語るこの(「タモリ倶楽部」出てきそうな)キャラクターは強い印象が残る。調べてみたらマーティタ・ハントとフィンレイ・カリーはデヴィッド・リーンの「大いなる遺産」で共演してんのね。
キャロル・リンレーはこれらの役者陣にくらべるとイマイチ押し出しが弱いのは仕方ないか。でも、物語のクライマックスで必死になってキア・デュリアとブランコで遊ぶ姿は何となく応援したくなった。でも、こんな自分の兄のことを変だとは思わないまま大人になってしまったこのアン・レークは天然ボケ的に変な人だぞ。そんなキャラクターを素直に演じてしまったので、いまひとつこのアンが目立たないんだな。でも面白い映画だったということは間違いない。
何とか、せめてDVDにしてくださいな。

あと、蛇足で

劇中登場する保育園でのおやつで、ニューハウス警視が「これ好きなんです」と言っていたのがジャンケットなる食べ物。
調べてみたら、洋風の牛乳豆腐みたいなのらしいですな。どんなものか実際に見てみたい。

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February 03, 2015

あれやこれや

 どうしても映画を見る手段がDVDとかになってしまっているのが情けないけど

ここ数か月で見たものを、思い出せるだけ書き出してみる。

先日、出張先のホテルの部屋でひとり見たのが「徳川女刑罰史 牛裂きの刑」と録画してあった「国際秘密警察 絶体絶命
「牛裂きの刑」は汐路章と川谷拓三の熱演があってこその作品。これがなかったらつまんなくなってたと思う。
「絶体絶命」はいつも通りの三橋達也とえらくスリムなニック・アダムス。奈良ドリームランドの映像が貴重かも。
基本的にはかわいい出来のスパイアクション。

その前に見たのが、「肉体女優殺し 五人の犯罪者」宇津井健の飛躍的な説得と不思議な味のキャラの天知茂がすごい。
「わたし、立派なヌードダンサーになります!」なんてすごい衣装でにこやかに宣言する三ツ矢歌子も素晴らしい。

87年版「ロボコップ」懐かしさが一番だったけど、今にしてみるとすごい痛そうな暴力描写が多いのね。
昔はぜんぜんそんなこと考えなかったけどなぁ。

汚れなき悪戯」これは何年ぶりに見たんだろ。きっちりと作りこんであるのに感心した。

河のほとりで」アーリー60年代の東宝オールスター青春映画。セーラー服姿の桜井浩子さんが新鮮でした。

悪の階段」鈴木英夫監督作。この人のカラーはやっぱ東宝風じゃないなぁ、と思う。すごくよくできてるサスペンス。
西村晃と加東大介の掴み合いが見られるなんて、なんと贅沢なキャスティング。

幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形」小林夕岐子がかわいい。そして、母親役の南風洋子のうさんくささがいい。

恐怖のカービン銃」天知茂の初主演作。まだ新東宝では芽が出てなかった三原葉子が若い若い。すごいリアルな再現映像であります。

燃えつきた地図」勝新太郎と渥美清の共演ってだけでも(゜o゜)二人で仲良く乗るスバル360がステキ。

きちんと後日レビュー書きたいです

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October 02, 2013

第17回カシオペア映画祭に行ってきた

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久しぶりにカキコする
先日、9月28日。一戸町の萬代館という映画館で毎年この時期に開催されているカシオペア映画祭に参加してみた。
初めての場所だったけどロケーションはとてもわかりやすい。で、もともと萬代館って古い建物と聞いていたから状況が心配だったけど建物自体は一戸町が取得して改装していたので、修繕もされて冷暖房もトイレも新しい。かなり快適な空間になっている。
一階部分の前半分くらい客席を撤去してフリースペースにしているので、ジャズライブとか演芸会などにも活用されているとのこと。今回の映画祭は特別ゲストが宝田明!ということで当然宝田明特集上映。「100発100中」「月給泥棒」「世界大戦争」の3本を連続上映。ひょっとしたらサインもらえるかも!と思い「緯度0大作戦」のDVDボックスを持っていった。
古い映画館だから、気分出して後ろの方の従来からある椅子に座って見ることに。やっぱ固くてつらいな。
「100発100中」はだいぶ前に一度見ただけだったから今回きちんと見ることができたのだが、小生も大人になったのでそこここに東宝の役者のみなさんがいるのをわかるようになり一層楽しく見られた。冒頭で殺されるサングラスの男は黒部進、有島一郎の同僚刑事は石田茂樹、多々良純と堺左千夫がなんか区別つかない、自称フィリピンのロケ地はどこかしらとかこまごまとした部分で楽しむ。
殿岡ハツエの露出度高い衣装の踊りも大人になった自分にはうれしい(^○^)
主演の宝田明(アンドリュー星野)はとても楽しそうで、明るく楽しい東宝映画の空気が満点のシャシン。この脚本には都筑道夫とともに岡本喜八が参加していると知り納得したような気もする。

「月給泥棒」は監督が岡本喜八。脚本まではやっていないので、東宝の監督としてのお仕事。
それでもジェリー伊藤のハジケた演技やテンポのいい編集に喜八テイストがあふれていて、楽しい作品。
砂塚秀夫とか二瓶正也という脇役陣にも喜八作品らしさが感じられてよい。そして我らが沢村いき雄もしっかり登場。宮口精二のぼさっとした演技が素晴らしい。

「世界大戦争」は以前にブログにしたこともあるので再確認程度になってしまった。
時間が経っていたこともあって、今回再見するまでに「第三次世界大戦 四十一時間の恐怖」も見ていたのでつい比較してしまった。

そして、このあとは特別ゲストの宝田明さんを迎えてのトーク。
ここで座席の一番前に移動。しかし、今回サインなどはしないとのアナウンスが運営側から(;O;)
ちょっとがっかりしたけど、登場した宝田明さん、年齢を感じさせないたたずまいはさすがで、やっぱ映画スター。

とにかくひとつ話題をふるとそれにいっぱい答えてくださって、話が面白い。その中で終戦時の自身の大変な経験を語ってくださったのだが、これを聞いて「世界大戦争」とか「ゴジラ」での演技のバックグラウンドが理解できたような気がする。成瀬巳喜男の「放浪記」の裏話もいい話であった。
リメイクされるハリウッド版「ゴジラ」についても教えてくれたりして、所定の時間をあっさりオーバーした。
質問タイムにヨメさんがミュージカルの話とともに音浴湯のCMの話など伺い、いったんトークは終了。退場されるときに持参の「緯度0大作戦」DVDを持ち上げてアピールしたら「後でサインしましょう」とのお言葉が!
交流会の準備のため会場の外に出て待っていたら「楽屋へどうぞ」とのお呼びがかかった。

間近にお会いして、直接お話をする機会をいただきました。
そしてDVDボックスのフォトブックにサインをいただきました。手に取って「こんなのあるんだ」と感心しておられた。
しっかりと小生の名前も書いていただきました。すんげー嬉しい!
別れ際に「また会いましょう」とのお言葉に「ぜひ!」と答えた俺(^^ゞ

もう、それからこのDVDボックスは宝物になってしまい、毎日拝んでおります。

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January 28, 2013

地球爆破作戦

いつまで経ってもアップしないのも何なので、ひさびさに書いてみる

日本の国民はテクノロジーへのヲタ的な信頼感が強いのが特徴なような気がする。
今回の原発事故だって、「事故なんか起こるわけないんだから」なんて根拠のない自信が「へのつっぱりはいらんですよ」的に満ち満ちていたので、何か起こったときのバックアップがないままだったのが問題をでかくしてしまったような。
その裏打ちはやはりテクノロジー。「こんだけフェイルセーフを備えてるんだから事故なんか起こる訳ない」なんてシステムへの変な過信がこの結果だったんだよな。
逆に欧米の人々はあまりテクノロジーに対してはハナからは信頼を持っていないようで、それゆえ最新テクノロジーがトラブルを起こす出来事が映画の題材にもよく使われる。
だからって「自然に還ろう」なんて新興宗教的にヌーディストとか文明を拒否した生活を単純に受け入れる精神的なバックグラウンドもどうかとは思うが。

オリエンタルなわが国の地域では物質文明の拡大よりも独特の精神世界を作り上げた。逆に欧米では、物質文明の拡大でさらなる生活の豊かさを作り出した。
でも、哲学っていう学問は欧米では成立してるのが面白いな。「思想」という学問が独自で成立してる。
今回見た「地球爆破作戦」はそういう欧米的な価値観の一つの具現化ではないかッ!などとえらそうに言ってみる。

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地球爆破作戦 Clossus:The Forbin Project
監督 ジョセフ・サージェント
原作 デニス・フェルサム・ジョーンズ
脚本 ジェームズ・ブリッジス

アメリカ政府は巨額の予算を投じてまったく新しい国防システムを開発した。
その名は「コロッサス」。つまりは、人力による情報収集と分析、判断そして決断とをすべて超大型コンピュータのコロッサスシステムゆだねるという画期的なシステム。核戦争になって人間が決定をすることができない状況下でもコロッサスは自分で判断し報復攻撃を行うことができる。
その開発者はチャールズ・フォービン博士(エリック・ブレーデン)。システムの稼働を大統領(ゴードン・ピンセント)に報告し、そのまま記者会見してコロッサスシステムを喧伝する。
システムの稼働を大喜びするスタッフたちと大統領なんだけど、そのさなかコロッサスがメッセージを発する。
「同じようなシステムがある」
コロッサスが察知したのはソ連で開発されていた、自身と同じようなシステム「ガーディアン」
この存在を知ったコロッサスは、ガーディアンとの通信を要求してきた。大統領は当然、機密情報の流出などを恐れて最初は許可しなかったけど、フォービン博士に説得されてしぶしぶこれを認めた。
初めは共通の言語を探しながらおそるおそる始まった両者の通信は短い時間にどんどん内容が高度になり、やっぱり情報の流出を懸念した大統領はソ連の書記長と映像つきのホットラインで会談して、通信を遮断することを決定。フォービン博士とガーディアンの開発者であるクプリン博士(アレックス・ロディン)は仕方なくこれに従い、通信を遮断したのだが、コロッサスは通信の再開を要求。
「再開しなければ処置を行う」というコロッサス。何をするんだ?と大統領とフォービン博士がいぶかるなか、コロッサスはいきなり核ミサイルをソ連のサイオンシビリスクという街を目標として発射。ほぼ同時に、ガーディアンも核ミサイルをアメリカに向けて発射した。
大慌てで警報を発し、大統領はやむなくコロッサスの要求に従い通信を再開させる。これを受けてコロッサスはソ連からのミサイルを迎撃して事なきを得たけれど、ソ連側のミサイル迎撃は間に合わずサイオンシビリスクの街は失われてしまった。

フォービン博士はローマでクプリン博士と会い、今後のコロッサス&ガーディアンへの対抗策を相談するが、これを知ったコロッサスはガーディアンとともに対策を立てた。
二人が相談している場所に現れたソ連秘密警察はクプリン博士を射殺。フォービンはヘリで連れ戻されてしまう。
ガーディアンは二人の会談をやめさせなければモスクワに核ミサイルを撃ち込むとソ連政府を脅迫していたのでした。そして、クプリンの排除も決めていた。機械によって人間が支配される状況になっていたのだった。
コロッサスはどんどんわがままになっていく。フォービン博士を監視するために監視カメラを設置させ、博士を24時間監視下におくことを通告。それはかなわんっていうんで、博士は休養の必要性と一定のプライバシーの確保を求めた。メイクラブする相手もいるんだぞ!とコロッサスに伝えるのだが、その相手は同僚のクレオ・マーカム博士(スーザン・クラーク)ということに。
フォービン博士以下、開発チームは打倒コロッサスのためこのプライベートな時間にのみ作戦をたてることになる。で、決めたのがオーバーロードする多量のデータをコロッサスに送り込むことと、ミサイルの目標をコロッサスの命令で変更することになり、このために起爆装置を交換する必要がでてきたのをいいことにダミーの起爆装置に交換してミサイルを無力化することをこそっと進めること。
でも、肝心のオーバーロード計画はあっさり見抜かれ担当者は銃殺される。
そして次の日、コロッサスはテレビを通じてアメリカ国民に呼びかける。ミサイルの無力化作戦もバレていて、いうこと聞かないと処置をするということを示すためにカリフォルニアにある2基の核ミサイルを爆発させてしまう。
コロッサスへの無力感に憤るフォービン博士。そして、コロッサスは彼に服従を求める。
フォービン博士は従わないと答えるが、それも徒労に終わるのであろうか。
多数のカメラアイでとらえられたフォービン博士の表情で作品は終わる。

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この作品はとても面白いです。なかなかソフト化されなかったので一部では伝説のSF映画になっていたけどちょっと前にDVD化され、いつのまにやら廉価版になってしまった(◎´∀`)ノ初版はケースが紙箱に入ってたけど、今はどうなってんだろう。
国家がその優位性を保つのにまったく新しいデバイスを導入したのはいいけど、結果的に軒先だけじゃなく母屋も取られてしまう、こんな話は「2001年宇宙の旅」なんかでコンピュータという新しい機械が出てきたのでなおさら現実味が強くなってしまった感がある。この当時はまだアメリカはベトナム戦争の最中で、国家間のパワーゲームも今よりいろいろな形で行われていた時代だったと思う。共産主義とか社会主義を排除するのに中南米でアメリカがこそこそ政治に介入していた頃。どうしても「強いアメリカ」でなくてはいけない考え方の人々も多かった。
アメリカ的秩序で世界は良好に保たれると考える思考は根強いみたいで、時代は変わって状況も変わったけど、やっぱりいまだにこんな発想の人たちはいるみたい。人間ではなく機械がそんな発想をして、世界を統治しようとしているのが怖いわけで、逆説的にはそんな感覚は機械でも持つことができるという皮肉ともとれるかも。

ただ、後から単純に考えてみればこのシステムのメンテナンスとか考えてなかったフォービン博士は何なんだ?ということになるのだが。
こんな大がかりなシステムだってのに管理の発想がないってのはどういうことなんだ?いざとなりゃパソコンだって電源ぶった切って再起動だってのに。このコロッサスは山をひとつぶち抜いて巨大なコンピュータを収納してるわけだが、そんなでかいシステムだったらなおさらメンテは重要だろうが。

そう考えると、フォービン博士のうっかりミスで世界は大変な方向に向かっていくわけで、困ったもんだ。

大変かっちりした演出で、あまり動きのない物語(主な舞台はコロッサスの制御室で、外で物語が進むのはローマでのフォービンとクプリンの会合くらい)でも退屈しない。ちょっとだけコロッサスがおちゃめなのは、フォービン博士がマティーニを作るときに「ベルモットが多すぎる」とか注文を出してくるところ。お前酒飲めねぇだろが!と軽くツッコミ入れたくなる。
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それと、数少ないサービスなのかなぁ、と思ったのがフォービン博士を夜に監視するくだり。
パートナーとしてやってくるクレオが服を脱ぐくだりがちょっとだけサービス
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違うカットだとスーザン・クラークの半ケツも見えるから、ひょっとしたら撮影では彼女は全部脱いでたかもしれないがエリック・ブレーデンは肌色のパンツはいてるのがちらっと見えたような気がする。その点ではちょっと気合が足りないかも。
ちなみにこの作品の原作はD・F・ジョーンズの「コロサス」で、大昔にハヤカワSFで邦訳が出ていた。映画は原作に大変忠実。統合システムの建造場所をクレタ島にしているくらい(原作ではイギリスのワイト島)当然のごとく絶版になってるけど、まぁ再版することはないだろうなぁ。調べてみたら、実はこのコロサスの物語は三部作なんだそうでこの後に「コロサスの没落」「コロサスとカニ星雲」と続くそうで、物語はどんどん無茶になっていくらしい。のちの二作品は映画化どころか、邦訳もないみたい。
DVDにはテレビで放映されたときの吹き替えも収録してあって、このキャストはなかなか豪華。フォービン=山田康雄、大統領=納谷悟郎、クレオ=北島晴子、コロッサス=内海賢二という顔合わせで、…こないだ続けて観てた「ばくはつ五郎」とけっこうかぶってるような気もするが充実している。
脚本を書いたのはジェームズ・ブリッジスというひとで、のちに「チャイナ・シンドローム」「ペーパーチェイス」そして「ホワイトハンター・ブラックハート」なんてけっこういい仕事をしているけど、1993年に亡くなっていたのはもったいないなぁ。
とにかくこのコロッサスは偉大な存在。ターミネーターシリーズに登場する「スカイネット」のひな形にもなっている。そしてこの世界でも、人間はシステムと戦っている。便利になっても機械の使い方には気を付けよう、ということらしいです。

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September 22, 2010

東京暗黒街 竹の家

サミュエル・フラーはアメリカ人の監督なのにヨーロッパで人気が高かった。その理由はいろいろ言われているけど、自分的には把握していない。
ゴダールの「気狂いピエロ」には本人の役で出演もしていて、そこでは新作の話題にふれている。
実際にこの時点では「悪の華」の企画が進行中だったそうだけど、結局は実現しなかった。
興味のある監督さんだったけど、昔はいかんせん作品がよくわからなくてやっと見ることができたのが「最前線物語」だった。超大作とはいえない作品だったが、リー・マーヴィン演じる第一次大戦から従軍していた古参軍曹のもと転戦する4人の若い兵士たちの物語。
サミュエル・フラーは実際に従軍経験のある人だったので、その経験がかなり色濃く反映されていた作品だったと思う。ユダヤ人収容所の解放のくだりは、とにかくセリフが少ないのにそのメッセージ性が色濃く感じられた。
脚本も書く人だったから、岡本喜八みたいな人だったのだな。撮ってるのはアクション映画が多いしな。
「戦場では生き残ることがモラルだ」という言葉がこの作品ではキーワード。
戦争を個の問題で切り抜けるか、友人関係みたいな小さな社会だとしてもその社会全体の問題として受け止めるかの違いはあるけど、サミュエル・フラーも岡本喜八も同じものを見ていたのかな、と考えた。どちらも全体主義への反発がベースになってるような気がする。

喜八と同様にサミュエル・フラーは娯楽作を戦後すぐから監督となり作品を送り出していたわけだが、その初期作品はなかなか見る機会がない。考えてみたら喜八も同じで「結婚のすべて」なんてソフトにならんしなぁ。そんなこともあり、この「東京暗黒街 竹の家」がDVDになると聞いたときは喜んだ。
うわさにはいろいろ聞いていたのです。日本の描写がとんでもないということだからね。
でも発売が急遽延期されて、やっとこさ発売されたのが去年だったか。
見てみたら、なるほど確かにすごい作品でありました。
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東京暗黒街 竹の家
1954年アメリカ
監督 サミュエル・フラー

富士山の見える富士吉田。雪の積もっていた冬の頃。アメリカ軍の補給物資を東京に運んでいた列車が線路の近辺で農作業していた連中に襲撃され、列車の警護についていた軍曹が射殺されてしまう。盗まれたのは武器弾薬。なぜか東京の警視庁が捜査にあたっていて(富士吉田なら静岡県警だと思うけど)捜査に当たるのはキタ警部(早川雪舟)とハンスン大尉(ブラッド・デクスター
事件から5週間後、アメリカ人グループによる強盗事件が発生。その現場に仲間に撃たれたウェッバーという男が置き去りにされていたが、彼を撃った拳銃と富士吉田の事件で軍曹を撃った拳銃が同一のワルサーP38と判明。すっかり虫の息のウェッバーを尋問するハンスン大尉。彼が持っていたのは戦友だったエディ・スパニアという男がもうすぐ日本に来て一味に加わることが記されていた手紙。House_of_bamboo8
そして、妻のマリコ(シャーリー山口山口淑子)の写真だった。そのままウェッバーは何も語らないで死んでしまう。
3週間後にシスコから来た貨物船でエディ・スパニア(ロバート・スタック)が来日。彼がまず探したのはマリコ。
逃げるマリコをようやくつかまえたエディは、彼女からウェッバーが死んだと知る。マリコはエディが夫を殺した連中の仲間と思っていたのだ。マリコにしてみれば、夫が強盗の片棒担いでいたとは知らなかったのでとにかく驚きでいつ一味に襲われるかとびくびくしていた。エディも友人はてっきり浅草のパチンコ屋のオーナーとして稼いでいたと思っていたので、強盗仲間に射殺されたとは驚きであった。

エディは浅草のパチンコ屋に乗り込み、用心棒代をたかる。そしたらすぐにぶちのめされ、ボスのサンディ(ロバート・ライアン)の前に引き出されてたかった用心棒代を取り返され、「東京から出てけ」と放り出される。
店を出て浅草辺りをぶらぶらしていたエディ、スリの濡れ衣を着せられ警察へ連れて行かれてキタ警部の尋問を受ける。旅券も持っていなかったエディは大変疑わしい人物。留置所に入れられそうになったところで、なぜかスリの訴えが取り下げられ彼は放免。
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実はこれはサンディの差し金。エディはサンディのもとへ連れて行かれる。
サンディに「うちで働かないか?大金が稼げる仕事がある」と誘われたエディはその話に乗る。
サンディはエディの数多い前科のある経歴をなぜか知っていて、こいつなら荒事に使えるってんで彼を気に入ったのでした。
「もっといい服を着ろ」とサンディから金をもらって、エディは散髪と新しいスーツを買いに行くがそのあとを尾けるキタ警部とハンソン大尉。
エディは軍警察からサンディのもとに送り込まれた潜入捜査官だったのである。鶴岡八幡宮で大尉に状況報告をするんだけど、このために帰りが遅かったエディをサンディは怪しむが(そりゃわざわざ鎌倉まで行くんだもん)マリコのところにいたことにして何とかごまかすのに成功。

その晩、なんだかものすごいあばら家に寝泊りしているエディのもとを訪ねるマリコ。エディが夫を殺したであろう一味に入り込んで夫の死の事情を知ろうとしていると知り、協力を申し出て結局押しかけ女房みたいに一緒に暮らして夫の死の真相を探ろうとするのでした。
この後の朝ごはんと風呂のくだりは、開いた口がふさがらないんだよなぁsmile必見のシーン。
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寝起きする部屋のすぐ隣に仕切りもなしに風呂があるわけ無いだろっ!
布団にはマクラが縫い付けてあるという、すごい寝具も登場。
山口淑子さん、このシーンなんかはクレームつけたそうだけどそれは容れてもらえませんでした(-_-;)
目玉焼きとベーコンのっけた(いわゆるポーチド)パンを風呂に入ったまま箸で食べるってなぁ(^^ゞ

まぁそんなことはともかく
アメリカ人と暮らし始めたマリコには周辺の住民からの偏見がキビシくなって、もう耐えられないってんで家に戻ろうとした矢先に、グリフ(キャメロン・ミッチェル)がエディを呼びにやってくる。コンクリート工場を襲って現金を強奪する計画にエディも呼ばれたのでした。
このグリフはもともとサンディの右腕なんだけど、最初からエディのことが気に入らない。
事前の打ち合わせの席上「負傷者はおれ達のだれかが殺す」とのサンディの言葉がエディに告げられる。で、作戦開始。
直前に武器を渡されるんだけど、このうちサンディの拳銃だけがワルサーP38というお約束。速攻で現金を奪って逃げる途中、反撃にあって一味の一人が撃たれた。当然、これはグリフに射殺されてしまう。エディも足に被弾してしまったがこれをなぜかサンディが助けて連れ帰る。負傷したエディの身の回りの世話をするのにマリコもサンディの屋敷にやってきたが、エディ的には「二人揃ってここに住んでいたら危険だ」とブゼンとしている。
実は本物のエディは本国で服役中で、エディとしてやってきた彼は「自分はサンディを逮捕するためにやってきた軍警察の軍曹だ」と告げる。驚くマリコだが、それでも彼に協力することを決意。
で、成功祝いだってんでいきなり宴会になるんだがこの宴会もすごい。日本風がキッチュすぎる。
畳敷きの部屋でいきなり革靴はいたままツイスト踊りだすんかい!和服コンパニオンのおねいさんたちはいきなり着物をほどくとスカート姿になっちゃうし、はっぴ姿のバンドもいるっていうセンスがなかなか。外人さんご一行の慰安旅行以外の何者でもないぞ(~o~)コンパニさんにいじられて会場を飛び出したマリコをエディが慰めたことで二人の親密感はいっそう強くなるのであった。
サンディさんの次なる作戦は輸送車からの現金強奪計画。内容を説明して人員配置を決めてたらグリフがキレる。「何でおれの名前がないんだ!」
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これにサンディは「おまえは今回は疲れてるみたいだから休養しろ」っていったらグリフはさらに激怒してその場を去っていった。一方で計画を知ったエディことケナー軍曹はマリコに強奪計画を記した手紙を託し、ハンソン大尉に渡すよう頼む。ところが彼女がハンソン大尉を訪ねたところを(旧帝国ホテル)たまたま居合わせたサンディ一味のチャーリーに見られてしまい、サンディ屋敷に戻ってみたら「エディを悲しませるな!二股かけるんなら出て行け!」とマリコはサンディに思いっきり説教されてしまうのでした。サンディさんは人格者です。
でも、何か方向が間違ってるような気がします。

エディ=ケナーのメモから警察は特別警戒を敷く。サンディさんは作戦開始したけど、警察内部に送り込んであったスパイ役から特別警戒が敷かれていることを伝えられ、急遽作戦を中止。
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今回の計画から外した腹いせにグリフが警察に密告したと勘違いしたサンディさん、その足でグリフの家に向かい昼間から風呂に入っていたグリフを射殺してしまう。よくこんな小さい風呂入れるなぁ。
サンディが自宅に戻ったところ、さっきのスパイ役が待っていた。彼から告げられた密告者の名前はエディ・スパニア。サンディさんの勘違いのおかげでスクリューボールコメディの一歩手前のここでのやりとり、笑いそうになったけどサンディさんは超ショック。
サンディさんは次回予定の真珠店襲撃を思いっきり繰り上げて、今これから実行する!とわがまま言って早速みんなで行動開始。
店に乗り込んだのはサンディ、チャーリー、そしてエディの3人。
店主らを殴り倒して、真珠をかっぱらうところでサンディはエディを嵌めるため警察に電話。気絶させたエディを強盗に仕立てて警察に撃ち殺させようとしたが、そうこうしているうちに警察が来てしまい結局銃撃戦になってしまいます。
チャーリーは撃たれてしまい、逃げるサンディが階段を上った先にあったのは

浅草松屋デパートの屋上遊園地であった。

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来場者でにぎわう松屋の屋上でサンディと警察との銃撃戦が始まり、お客さんはいっせいに避難。気がついたエディ=ケナー軍曹も屋上に到着。警察に包囲される中、水平観覧車スカイクルーザーの上ででサンディとの対決。なかなかこのシーンはかっこいい。
サンディを倒したケナー軍曹は、マリコと結ばれてめでたしめでたしなのでありました。


本編でのエディとサンディとのやおい的な交流は、ヘタすると同性愛的な描写に思われちゃうが、公開当時そんな指摘はなかったのかなぁ、なんてまず考えた。
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主に浅草辺りで大々的にロケしたのが昭和で言うと29年。ゴジラが公開された年。その当時のリアルな東京の風景がカラーで見られるというのが個人的には興味深かった。川に留められてるべか船やら船の上での暮らしやらは興味しんしん。東京の街中の様子も興味部会。雷門のない浅草の様子が活写されてる。あと、昔の背広ってこんな明るい色のばっかりだったのかしらん。
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あと興味深く観たのがサミュエル・フラーの演出。この人はたしかにB級の監督かもしれん。けど、画面的なこだわりはところどころでしっかりと発揮されている。たとえばマリコが買い物に出たときの帰り道をドリー移動のワンカットで見せるところとか、輸送車襲撃失敗後のサンディを追う画面で、サンディが長く暗い通路を歩いてくる画を長回しにしてるところにこの人なりのこだわりが感じられた。セットでやっているならともかくロケでもワンシーンワンカットで撮っているのは、手間ひまを考えるとすごいこと。全体はとにかく流れで構成された本編の画面は見ていて感心してしまった。「画」へのこだわりの監督さんなのだな。
おかげで内容の演出はというと、アクション以外はだいぶ省力化してるけど(^^ゞ
スカイクルーザーでの銃撃戦は緊迫感あふれたものになっている。やけくそになったサンディが地上に集まった野次馬に発砲するシーンもあるが、これもやはり一般市民を巻き込んでの戦闘を経験してる感覚なのかなとも考えたり。
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ほんとうに、タイトな演出をしちゃう人なんだろうと思う。でも、もともとの発想がフツーのアメリカンではないところがこの人のこの人たる所以でありましょう。「裸のランチ」なんて、あらすじ聞いただけで変だと思うし。
作品は実は1948年制作の「情無用の街」という作品のリメイクなんだけど、単なるリメイクにせずに舞台を日本に移した。おかげでツッコミどころあふれる楽しい作品になっております。警官はみんな日本語ヘタ。警官の一人がサミュエル・フラー本人なんだけど、どこにいるんだろ?
ドリー撮影を基本にしているこの流れの画面構成は、この作品が20世紀フォックスが開発した「シネマスコープ」を最初に使用した3つの作品のうちの一つであることが理由か。いわゆる「シネスコ」というやつですね。
終盤ロバート・スタックが警察に電話したとき「英語の話せる奴はいないか?」と言われて代わった奴がいきなりウルトラ流暢な英語を語りだしたのはコントにしか見えないし、輸送車襲撃作戦では3人工事人夫に変装して道路工事やってるけど、この人たちアメリカ人だから背は高いし彫りは深いしでえらく目立つと思うしなぁ。
マリコの買い物のくだり、オバサンから干物を買うんだけど、ひとくさり会話した後に日本人の助監督だと思うけど「仕事続けて」と思い切りディレクション入れる声も残ってるし(しかもオバサン返事してるし)
どっかで見たようなひともそこここにいて、チャーリー役は「スター・トレック」シリーズでドクターマッコイを演じたデフォレスト・ケリーだし、マリコの伯父さんはボガート主演の「東京ジョー」でハンフリー・ボガートと再会後すぐ柔道の組み手をやり始めた旧友イトウの役をやってた。真珠店のミスター本丸を演じたボブ・オカザキは「ブレードランナー」のスシバーのおやじ。

「映画とは戦場のようなものだ。それは愛、憎しみ、アクション、暴力、死。一言で言えばエモーションだ」
サミュエル・フラーはいいこと言うなぁ。映画は活劇でないといかんよね。

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June 30, 2010

北上川悲歌

たまたま本屋で「新東宝秘話 泉田洋志の世界」という本を見つけて、ついつい熱心に立ち読みしてしまった。
泉田洋志さんは新東宝でもっぱら活躍した俳優で、当時はスタントマンとは言われなかったけどアクションシーンの代役やったり擬闘の監修担当だったりしながら、もっぱら敵役を演じていた人でした。この本、読んでみる価値は大変高いぞ。大蔵貢に関する裏話がちょろちょろ書かれててこの辺だけでも面白いけど、なつかしの大スターにまつわる小ネタがいっぱい。「トラ・トラ・トラ!」にも出演してたとはびっくり。
どっかで聞いたような名前だと思ってたら、中川信夫監督の「地獄」でひき逃げされるチンピラ志賀恭一の役だったひとなのね。
彼が活躍した新東宝は1961年に倒産したのだが、この本の中で紹介されていた新東宝最後の製作作品がこの「北上川悲歌」。
(「悲歌」は「エレジー」と読む)大蔵貢は前年の1960年末で社長を解任されたことからいわゆる「エログロ」路線からの脱却をはかろうとしていたそのさなかに作られた作品だった訳なので、とてもまじめに作られているものでした。
企画自体はこの年ヒットした「北上夜曲」を題材にしたもので、大映・日活との三社による競作だった。
一生懸命に作ったということはよくわかりました。初期の新東宝は文芸作品を制作してて、これからまたまじめな作品を送り出そうとみんな意気に感じてたんだろうになぁ。

北上川悲歌(エレジー)1961年新東宝
監督 曲谷守平
原作 松浦健郎

作曲家の山口喜八(加藤嘉)が、列車の中で自分の曲の楽譜の入ったカバンを盗まれてしまう。たまたまその場に居合わせた男、沢健次(田浦正巳)がそのカバンを盗んだチンピラを見つけ出し、山口の元に届けたので山口は「お礼がしたい」と云うのだが、健次は「僕のことはほっといてください」と関わりをあえて避けようとする。
健次は故郷の盛岡(だと思われる)から歌手になる夢を実現するべく東京に出てきたのだった。
「歌手になって帰ってくる」と恋人の鈴村道子(杉田弘子)と約束し、彼女を盛岡(たぶん)に残して出てきたはいいが、彼が働くナイトクラブ「エトアール」は実はやくざな社長の風間(石黒達也)が経営する店。健次はこの店の用心棒で、たまに歌手の穴埋めに舞台に立つだけのやさぐれた暮らしを送っていたのでした。例として、酔っ払って暴れる歌手の矢月(これがなんとジェームス三木)をのして、代わりにステージに立ってます。でも、この店は小野満とスイングビーバースの演奏も聴けるぞ。
音楽がやりたかったのに道を外れてしまった健次にしてみれば、作曲家の山口先生はまぶしすぎるのね。
やはり音楽の道を志していた人間として、健次は普段はガラが悪いのに山口先生にはとても礼儀正しいのだ。
風間と敵対する梅田組の組長(秋月竜)を風間が銃撃、健次はその身代わりになることを命じられる。
梅田組の組長は重傷を負って入院。健次は風間の身代わりにしばしの間姿を隠すための金を風間から受け取るけど、「ほとぼりが冷めたら、もうこれでかたぎにならせてもらいますよ」と告げる。その頃、歌手を志してエトアールにやってきたのが修(浅見比呂志)。雇ってほしい一心の修は押しかけてきた梅田組の須藤(柳谷寛)に身を張って啖呵を切る。風間は風間で、「やったのは健次だ」と言ったもんだから健次は須藤たちに襲われ、喉を撃たれてしまった。

盛岡で健次の成功を祈る道子(開運橋の上なんだもん)は友人の明子(三原葉子 実は盛岡出身)と待ち合わせ。明子のおじが持ってきた縁談も断り、周りから何といわれようと道子は健次を待つのです。そしたら、仕事を辞めて水沢から盛岡に帰った道子のもとに健次がふらっと帰ってきた。
やくざな暮らしの末に、喉を撃たれたことで歌手になる夢をあきらめたことを告げる健次。母をなくし、弟も東京へ家出したため一人ぼっちの道子は健次にずっとここにいてほしいと懇願、健次もそのつもりでいたが家出した道子の弟が風間のもとで歌手として働いていると知り、彼は修を助けるため東京へとんぼ返り。修は道子の弟だったのです。

風間に気に入られたことで、修はすっかりチンピラ暮らし。健次は修を殴り倒してやくざになるより歌手になるように諭す。その理由はあえて言わないけど、姉ちゃんを喜ばせてやれ、という健次の説教を聞かない修。
健次は風間に直談判して、修を堅気にするために自分が風間の裏商売の手伝いをすることに。風間はずるっこして、健次が戻ってきたことを須藤たちに教えたので健次は取引の現場で彼らに襲われる。
何とかやり過ごした健次、あくる日に山口先生のもとを訪問、修を歌手として育ててほしいと依頼する。恩義に厚い山口先生はこれを快諾、修を住み込ませて妻の多鶴子(三宅邦子)と共に集中指導するのだった。んでも、修は耐え切れず山口家を脱け出しクラブで健次が修の恋人の伸子(藤乃高子)とピアノの音あわせをしている場に遭遇。アニキはオレの女に手ぇつけたっ!と誤解した修は健次をなじるが、健次は自分が道子の恋人だったことや、ピアノで弾いていた曲は自分が道子のために作曲したもので修に歌わせるために練習していたこと、そして風間の秘密を修に告げる。でもそれを盗み聞きしていた風間の子分がこれを風間に報告。
たまたま風間が伸子を手ごめにしようとしていたところに出くわした健次は、彼女を助け出し、ついにやってきた修のデビューお披露目に向かうのでした。
これを祝うため盛岡から道子が上京。修を山口先生に預けたのが健次だったと聞かされ、激しく驚く道子であった。早く健次に会いたい一心の道子、わざわざ風間の店まで来ちゃうんだもんな。一方、健次たちが自分の秘密を知っていると知った風間社長は健次の女である道子が店に来ていることを知り、これを利用しようとする。
お披露目会場で道子とすれ違いになったことを知った健次、後を追う須藤たちをなぜか木場のあたりでボコボコにして風間の店に戻る。遠回りだってば。
囚われた道子を救うべく、ついに健次は風間と対決する。って、現れるときに「北上夜曲」口笛で吹きながらってイカしてるぜぇ。
でも風間はずるいので、手下と格闘している健次を拳銃で撃つんだよな。手負いの健次はそれでも風間と格闘。二人で拳銃を取り合う中、暴発したタマは風間に命中し風間は絶命。道子を助け出したところに修と伸子も登場。一件落着してこれでまた、二人で曲を作っていけると明るく言う道子(すぐそばで風間さん倒れてますが)しかし、北上夜曲をピアノを弾きつつ健次は死んでいくのだった。

すぐ救急車呼べば何とかなりそうな気もしますが。

なんか、そこはかとないチープな感じがかえっていい味なんですが。
いかんせん田浦正巳が優男すぎて、あんまり凄みがないのが一番の敗因かもしれない。この映画の公開前年、新東宝は大蔵貢が社長を退任してエログロ路線から脱却するべく悪戦苦闘していたわけで、この作品もエロなしでしっかり定石を踏んだ娯楽映画になっている。でもまぁ、風間のいる社長室の小部屋に「パパァ、おべべ着させてぇ~」なんて舌足らずの下着姿の女がいたり風間が伸子ちゃんを手ごめにしようとしたりとか、ちょっとだけ名残があるような。でもやっぱり、まじめなんでワルくなりきれてないみたい。スイングビーバースのみならずチャーリー石黒と東京パンチョスの演奏も楽しめるし、菅原都々子の歌もいっぱい聴けるんで(好みはあるが)歌謡映画としてならまずまずなんだがなぁ。あ、歌謡映画として見ればいいのか。

うん、これなら許せるな。わざわざ盛岡近辺のロケもやってるし、「花くれないに」で盛岡ロケも経験していた杉田弘子をわざわざヒロインに据えてるし。でも、ヒロインとしては存在感がいまいち。個人的には柳谷寛が一番安定してて良かったような気がする。おふざけなしの芝居やってんのに出てくるたびに何か一発ギャグをかましてくれそうで期待してしまった。沢村いき雄的ないいポジションだった。あとは風間を演じた石黒達也がいかにも小ずるいキャラで、なんか愛すべき課長さん的。と思ったらこの人、東宝のサラリーマン喜劇にも出てんだ。ちなみに、柳谷寛と行動を共にしている梅田の子分が他に二人いてこのうちの一人が泉田洋志。なんだけど、冒頭の本のフィルモグラフィーにはこの作品はなかった…。
盛岡近辺のロケでは、小岩井農場とか開運橋、たぶん川越しに線路の見える杉土手のあたりなどが使われてて玉山の啄木歌碑も登場。水沢駅前も1シーンだけ使われていて、当時の県南バスの車両がカラーで見られるのはバスマニアには嬉しいかも。

なんにしても、地元の人間は北上川を「きたかみがわ」とは読むけど「キタガミガワ」とは言わないぞ。

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March 09, 2010

ベビーギャングとお姐ちゃん

某ソフトストック施設を覗いて回ると面白いこともたまにはあるもので、普通は映画ソフトといえば通常はトールケースに入ったDVDが並んでいるのに、なぜか通常のCDサイズの、しかもジャケットのないのが二つあったので不思議に思い手にとって見た。
見ると、テプラで作ったタイトル名が貼り付けてあって一つには「アッちゃんのベビーギャング」もう一つには「ベビーギャングとお姐ちゃん」と書いてある。
お姐ちゃんものなの?お姐ちゃんシリーズは東宝の喜劇シリーズだけど、これらはまだソフトになっていないはずなので、何でこんなものがあるのか判らなかった。
あとで調べてみたら、これは十八代目中村勘三郎の襲名記念DVDボックス「勘九郎箱」全14枚組に含まれるものだった。歌舞伎の演目が10(うち2つがディスク2枚仕様)で、子役として出演した映画が2本。これが「アッちゃんのベビーギャング」とこの「ベビーギャングとお姐ちゃん」
ということは、この勘九郎箱は他のディスクもこの施設では揃えてあるはずだけど、そちらは今回はパス。
にしても、この「勘九郎箱」は松竹ホームビデオから発売されているのにその中の映画は東宝というのは、なぜ?
って考えてみたら、東宝と先代の勘三郎のつながりがあった関係もあるらしい。まぁ、東宝の映画に出てんだから仕方ない。でも、それをこういう形でもソフト化した松竹と東宝の仕事に敬意を表します。
なんつってもお姐ちゃんシリーズだしなぁ。このシリーズからのスピンオフみたいな形で始まったのが「無責任」シリーズということを考えると、無視しちゃいけないと思うのになぜかソフトにならない。
かといって、みんなパターン同じようなのだと並べても仕方ないか。
お姐ちゃんシリーズのタイトルを並べてみると
大学のお姐ちゃん」「銀座のお姐ちゃん」「お姐ちゃん罷り通る」「侍とお姐ちゃん」「お姐ちゃんに任しとキ!」「お姐ちゃんはツイてるぜ」「ベビーギャングとお姐ちゃん」「お姐ちゃん三代記」と番外編で「ニッポン無責任時代」。

タイトルを並べてみると気づくのが、若大将シリーズとの近似性(「大学の若大将」「銀座の若大将」がありました)
東宝の青春喜劇は見事にパターン化しているらしい。

ベビーギャングとお姐ちゃん(1961年東宝)
 監督 杉江敏男
 製作 藤本真澄
 脚本 井出俊郎

物語自体はたいしたことない(失礼)ほのぼのコメディなので、さらっと。
アッちゃん(中村勘九郎、現18代目中村勘三郎)の家の朝。
些細なことからパパ(小林桂樹)とママ(淡路恵子)はささいなことから口げんか。アッちゃんにはやし立てられた二人は「実は仲がいいんだよ」などと言って仲のいいところみせてあげるよ、ごまかすんだけど、この辺のやりとりはちょっと面白い。

パパの真似してお菓子をもらうのに失敗したアッちゃんはお向かいのソメコちゃん(須田玲子)の家に遊びに行ってみたけど、ソメコちゃんは幼稚園に出かけるところ。ソメコちゃんのママ(久慈あさみ)にまたあとで、といわれちゃう。
ソメコちゃんを幼稚園まで送る途中、真っ赤なカニ目のスプライトで颯爽と現れたのはピンチこと川島ヒナ子(中島そのみ)たまたま通りかかったので彼女の荷物運びを手伝うことになったアッちゃんは、上がったアパートでパンチこと水野ラン子(団令子)とセンチこと村山トリ子(重山規子)を紹介される。パンチとセンチは二人でこのアパートに越してきたばかり。
ピンチの声を注意しにとなりの部屋から出てきたイケメン学生・荒井(船戸順)にピンチは一目ぼれ。実は荒井はアッちゃんのパパの後輩で、アッちゃんを探しに来たママとは顔見知りだった。
荒井の情報収集にとなりの青山(山田吾一)の部屋に行った3人は、荒井がアパートを追い出されて青山の部屋に転がり込んできていて住み込みのバイトを探していることを聞き出す。
パパの家でお茶などご馳走になっていた荒井は、ママから向かいの金田さん(パパの会社の専務さんで、ソメコちゃんのお父さん)が住み込みの家庭教師を探していることを聞いてさっそく金田さんちにごあいさつ。藤子まま(ソメコちゃんのママ)に気に入られあっさり採用決定。送別会をしよう!とお姐ちゃんトリオに誘われ青山とクラブに行った荒井は実はものすごい下戸。酔っ払って絡んで転ばせた相手が、実は住み込み先の金田専務(有島一郎)でありました。
パンチ・ピンチ・センチは荒井にアタック開始。でも、どうしてもアッちゃんはじめとする子どもたちのおまけがついてきてしまい、さんざんな結果で全員失敗。
そんなこんなしてたら、荒井くんがデパートでママと二人で買い物しているところを三人で目撃してしまう。荒井くんは背広を作るのにママに相談して見立ててもらってただけなのだが「あの二人はデキていたのか!だまされた!」と怒った三人がクラブで荒井くんをとっちめる方法を相談していたところに専務さんとパパがやってきた。あの旦那さん誘惑しちゃえ~、と企んだ三人はパパにママが荒井くんと浮気してると吹き込んだついでに、パンチがパパのワイシャツに口紅をつけ自分のハンカチを背広のポケットにねじ込んでおいたので、家に帰ったパパは思いっきりママからとっちめられる。おまえだって荒井とできてるんだろ!と夫婦ゲンカになってしまったところに、寝ていたアッちゃんが起きてきて「夫婦ゲンカやってよ~」などというので二人でおとなしくなったのであった。
アッちゃんちの夫婦ゲンカの話を聞いた荒井くん、パンチのところに乗り込んで聞いたところ彼女らのしわざと判明。背広を作る相談だったら、私たちにすればいいじゃないの!と言うパンチたちと全くその気のない荒井くんは大喧嘩。しこたまやられた荒井くんは、あのままだとアッちゃんがかわいそうだから何とかしたいと演劇青年の青山に相談。
ママとケンカしてしまったアッちゃん、家を出てふらふら歩いていたらパンチたちと出くわす。アッちゃんの話で、パパとママの夫婦ゲンカのせいでアッちゃんに迷惑かけてしまったと知ったパンチたちはお詫びにアッちゃんに手料理をふるまうのでした。
家に帰ったアッちゃんがたまたまお土産でもらったパンチたち手製のコロッケとママ手作りのコロッケが夕食でかぶっちゃったことから、味見してみたパパがママのコロッケを美味しいとほめてくれたことでパパとママは仲直り。
パンチたちのアパートでは、青山のこさえた台本で荒井くんがひと芝居を打っていた。婚約者が田舎から出てきて話し合っている、ということだったけどこれに荒井くんは女たらしだと怒ったパンチたちがその場に乱入。でもそこに荒井くんあての速達を持ってきたママとアッちゃんがやってくる。
荒井くんはアメリカ留学のセレクションを通過したので、アメリカ留学が決まったのでありました。
めでたしめでたしと(何がだ?)みんなでそろってお芝居(中村勘九郎出演の東宝歌舞伎)を見に行きましたとさ、というお話。

団令子は東宝の専属だったけど、専属のニューフェイスの若い面々は主に特撮やらコメディやらの仕事が多く結局そればかりになる場合も多かったのに対して彼女は文芸作の出演も結構あり、成瀬巳喜男との仕事も何本かある。小津が東宝でバーターで撮った「小早川家の秋」にも出演しているし黒澤の「椿三十郎」にも出てるので、当時の東宝の若手としては珍しい位置にいる人だったのね。演技の間口は広かったという証左。
そういう点で考えると、こんなん軽い軽い作品の主演級というのは良かったのか悪かったのか。
小林信彦が「プログラムピクチャーはふらっと、気楽に見るもの」と何かで書いていたと記憶してるけど、まさにそういう作品なのでデキをどうこう言うのも野暮なんだよなぁ。
パンチ・センチ・ピンチの三人が荒井くんにアタック失敗するたびに夢オチのシーンが出てくるんだけど、そのすんごいハンドメイド感は泣けてくるし、あまりにも若い山田吾一の姿が驚きだし、小林桂樹と淡路恵子の夫婦って安定感ありまくりでツッこみようもないし、そんなとこかなぁ。
そのくせ、不思議な背景があるこのソフト化。
なぜ松竹に所属する歌舞伎役者が東宝の映画に出てるのか?
たぶん、先代の勘三郎は一時期東宝劇団に参加していて(最後の芝居見物のシーンで、団令子の後ろにいて軽く会釈する男性が十七代目勘三郎)その縁があったためなんだろう。
まぁ、本当に軽く見て軽く楽しむのにヨイ映画でありました。

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