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October 27, 2008

ザナドゥ

Xanandu8オリビア・ニュートン・ジョンはその昔、とてもきれいなお姉さんの歌手であった。
それゆえ、彼女の主演する映画が何本か作られたのだけどヒットしたのは
結果的にはトラボルタとともに主演した「グリース」だけ、かな?
でも、「グリース」見たけどこのとき彼女はもうほとんど30歳。
高校生の役はつらいと思ったが…。

本作「ザナドゥ」はその「グリース」の大ヒットをうけて作られたミュージカル大作。
典型的な二匹目のドジョウねらい。

無性に歌ものの映画が見たくなって、買い置きしてたの思い出し今回鑑賞。
公開当時はなんでか見に行きたくて仕方なかったのに結局見に行くことはかなわず、だからDVDが出ていたのを知って速攻でゲットして…まる1年半経過していました。

で、見てみたのだけど

80’sの少年にとってはつまんないわけじゃないんですが…。Xanandu1
ザナドゥ XANADU 1980年
監督 ロバート・グリーンウォルド
製作 ローレンス・ゴードン、ジョエル・シルヴァー他
音楽 バリー・デ・ヴォーソン、ジェフ・リン(ELO)、ジョン・ファーラー
振付 ケニー・オルテガ、ジェリー・トレント
出演 オリビア・ニュートン・ジョン、ジーン・ケリー、マイケル・ベックほか

Xanandu4シンプソン(ジェームス・スローヤン)のレコード会社の看板描きをしていたソニー・マローン(マイケル・ベック)は独立したのはいいけど結局食えず、また看板描きに戻ってきた。そんな彼がローラースケートに乗った美しい女、キラ(オリビア・ニュートン・ジョン)に通りすがりにキスされる。ソニーがきょとんとしているうちに彼女はどこかに行ってしまった。Xanandu5
彼女を忘れられないソニーに与えられた仕事はLPのジャケットを看板にすること。そのLPのジャケットにはなんと、あの彼女がいるでないか。撮影したカメラマンに彼女のことを尋ねたが、彼曰く
「撮った覚えないんだが、出来上がったら彼女が映っていたんだ」
彼女を探しに外に出たソニーは海辺でクラリネットを吹くダニー・マグワイヤ(ジーン・ケリー)と出会い、親しくなる。二人で雑談しながら歩いていたら、キラと出くわしてしまう。ローラースケートの彼女をソニーはバイクで追っかけたけど海に転落、またしても彼女に逃げられる。
これまでの顛末をダニーに語るソニー、でもダニーはそれを笑わないで真面目に聞いてあげる
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描いた看板を設置しに出たソニーは偶然ダニーと出くわす。
ダニーの自宅に招かれたソニーは彼の邸宅に驚愕。ダニーは元グレン・ミラー楽団のクラリネット奏者だったのだと知る。
ダニーは楽団専属の歌手と別れたことをきっかけにプレイヤーから引退し、稼業の建設業を継いで成功を収めたのだとのこと。それでも、「1日に30回しか音楽の世界に戻ろうとは思わないんだ」なんて笑わせる。またバンドの活躍するクラブを経営したいという夢を語るが、彼の持っていたレコードのジャケットにあった専属歌手の写真を見たソニーはびっくり。その顔はキラそっくりだった。ダニーも同じ女性に恋していたのか?
ダニーは新しいクラブを開くための場所探しをソニーに頼む。「君はパートナーだ」Xanandu14
この後ソニーと別れてのち、ダニーの回想で出てくるオリビア・ニュートン・ジョンとジーン・ケリーのタップはやっぱり見もの。この当時、ジーン・ケリーは68歳!すごい体切れるのに驚いた。

夜、アトリエで作業していたソニーの元にキラが現れる。彼はスタジオにキラを連れ出し、ミュージカルにありがちな2人だけの歌の世界が展開するのだがシンプソンに見つかり逃げ出した先はパンパシフィック・オーディトリアム。ソニーが描いているジャケットの背景の建物だったが、ここでまたキラはどこかに消える。
彼女に会いたさに、翌日この建物に行ってみたソニーはキラと再会。Xanandu19
ダニーの夢をかなえる場所としてこのオーディトリアムを薦められたソニーは、早速ダニーをここへ連れてくる。キラを見て驚くダニーは想像力全開、この建物をクラブとして使うことを決意。どんな名前をつけるか?
キラが示した名前は、「ザナドゥ
アトリエを辞めてダニーのパートナーのしての仕事に専念することになったソニー。キラとの関係も何とか進展させたいので彼女のことをあれこれ聞きだそうとするのだが、彼女はのらりくらりとかわすばかり。
実際はお互いに好きなんだけど、実は越えるに越えられない問題があったのです。

悩んだキラは自身のことを語る。
Xanandu21自分の役目はザナドゥを創ること。そして、自分は人間ではなくヘリコンから来たゼウスの娘、9人のミューズの一人なのだと。簡単に信じられないソニーだが、キラの示す事実で信じざるを得なくなる。キラもしてはいけない恋をしてしまったのね。
永遠に愛してる、と告げて彼女はソニーの前から消えてしまった。

その翌日はザナドゥのオープニング。しかし、ソニーにとってはキラのいないザナドゥは無意味にしか思えない。そんなソニーを励ますダニー
「夢は死んでいない。彼女がいないなら探し出せ。信じろ、君しだいだ」
町に出たソニーは、壁に描かれたミューズの絵を見つける。そして、この絵の向こう側に入り込むのに成功する。
Xanandu23この中でソニーはキラに再会。一緒には人間の世界に戻れないと言うキラだが、ソニーはゼウスを呼び出し直談判するんだな。でもゼウスはさっぱりつれない返答ばかり。そこに母親のムネモシネが加わりゼウスを諌めるけど、ゼウスは言を変えない。
キラが一日でもいいから、と懇願しても許されずソニーは強制送還。
そのあと、ムネモシネに「一瞬くらいいいじゃない」と言われたゼウス、一瞬で済むのか?と悩む。

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とうとうザナドゥのオープンがやってきた。
こっからはオリビア・ニュートン・ジョンのワンマンショーで、ELOサウンドハジケまくり。あの「ザナドゥ」から始まりきらびやかなオンステージが豪華なセットで繰り広げられます。で、歌うだけ歌ったキラは天空に帰っていってしまうのだった。
落ち込んだソニーに、いたずらっぽくダニーが飲み物を頼む。持ってきたスタッフはキラにそっくり。
ソニーは彼女を呼び止める「君と話がしたい」


Xanandu4_2本作は1980年の第一回ラジー賞でワースト作品賞、主演男優賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞、主題歌賞にノミネートされロバート・グリーンウォルドが監督賞を受賞していて、ひとことで「Xana-Don't」などと語られる評価の低い作品。おまけに、2004年にはラジー賞の25周年で25年のワーストミュージカル賞にもノミネート。自分も見るまではそう思わなかったけどねー。
ちなみにこの年のラジー賞作品賞は「ミュージック・ミュージック」という作品で、ヴィレッジ・ピープルの主演作のミュージカルだったけどこれ、ワタシ映画館で見てます(^_^;)このときのノミネート作品、おれ結構見てるのですな…「ジャズ・シンガー」とか「レイズ・ザ・タイタニック」も見てた(^^ゞ

映画自体の元ネタは1947年のリタ・ヘイワース主演作「地上に降りた女神」だそうな。リタ・ヘイワースいいなぁ。それなのにとにかく、脚本がねぇ。
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基本的なことですが、きちんとした物語があってその流れに歌や科白が乗っかってるんなら何も変にならないのに、脈絡があやしいプロセスばかりだと見てるこっちが頭イタくなってしまうのよ。途中ではさまるアニメも、出来はいいけど全体の構成を考えると必要とは思えない。
冒頭のミューズの降臨のシーンからまず、このミューズたちはどこに行ったの?って疑問がわくし、クラブにザナドゥという名前をつけるようにキラが提案するくだりでも、考えてみればギリシャ神話の女神が現代の詩人であるコールリッジの詩の一部を引用してくるのは何か変でしょ。「市民ケーン」見てたからかな。ちなみに、キラの本名は本編で「Terp…」と言いかけるくだりがある。
テレプシコーラのことですな。

あと、ザナドゥのオープニングアクトでオリビア・ニュートン・ジョンのワンマンショーなのはいいけど、その主役であるキラが歌うだけ歌ってそのまんま天に帰っちゃう。スムーズに帰ってしまうの?普通ならソニーはこれを止めようとするでしょ?
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ザナドゥのセットはそれにしても、金がかかってるなぁ。ものすごい出来で、このセットだけで100万ドルかかったって。さすがはローレンス・ゴードンとジョエル・シルヴァーというすごいプロデューサーがかんでるだけのことはあるなぁ。「ヘルボーイ」に「マトリックス」でっせ。それなのに、このつながりの変さが目立つのよ。テーマソングの「ザナドゥ」を歌うシーンはプロモーションビデオとして見るとすばらしい出来ではあります。気になったのが画面全体のローキーさ加減。西海岸だってのに明るい太陽が見えません。おそらく光学合成ではビデオフォーマットを使っていると思うけど、思いの外アラの目立つところもなくてこれは見てて面白かった。でも、このローキー画面のおかげで少しこの努力が台無し。ソフトだけの問題かなぁ。
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あとはもう、とにかくジーン・ケリー。この笑顔はいいなぁ。歳をとってもこういうおじさんになっていることを目標にしたいとマジで思います。本作はステップを踏む彼の姿が見られた最後の作品になったので、そういう点では大変意義がある。

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個人的には、この映画でのオリビア・ニュートン・ジョン好みですわ(*^^)vかわいいもん
興行収入は案の定このデキゆえ振るわなかった本作だけど、サントラ盤は全米チャートで4位という大ヒット。本編ではちょっとしかでてこない「マジック」とかシングルチャート1位の曲もあるし、そりゃ売れるでしょう。
スピンオフで2007年にミュージカル舞台化されて、こちらもヒットしトニー賞4部門でノミネートと肝心の本編だけが結果を残せていないのが笑えるところ。

出来はともかく、個人的には結構この作品の存在は許せるなぁ。
例えて言うなら、大昔の少年の頃に好きだったキレイな女性が、実は何だか変な人だった事実をかなり後になって知った気分とでもいうのかなぁ。ちょっとビター
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見た直後にBSで放映されてたのを知って、すこしヘコんだというオチまでついた今回のエントリでありました。

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October 20, 2008

イテテテテ…

なんかしらんけど(ていうか、原因ははっきりしてるけど)腰痛。

背筋の使いすぎなのは間違いナシです(-_-;)

フロアのワークやるのなんて、15年か16年ぶりだし、ろくなもの食べてないし(^^ゞ

なんだかココロも痛い今日。
晩酌がヤケ酒状態ですが、これじゃダイエットにならんてば。

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October 09, 2008

現在は

昨日も食事は少なく。
朝 なんかよくわからないパン1/4と牛乳。コーヒー2杯
昼 同じパン1/4と野菜ジュース
夜 大阪王将で餃子定食。
でも、餃子は半分ムスコにあげました。

それでも、空腹感はあまり感じません。体調はとても良いです。

自分もすこし大人になったなぁ、と気付きました。
それでも、思っていればなんとなく幸福になることがあるのは相変わらずです。

このブログにはたまにつぶやきも入るぞ

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October 07, 2008

自己分析します

最近近しくなった方から、「最上屋さんはエロ映画ばかり見てるんですか」との
言葉をいただいた。

全く否定しません

でも、「ばかり」じゃありませんよ。

今年に入ってからは「世界大戦争」でしょ、「マイラ」でしょ、「兵隊やくざ」でしょ、「黒い十人の女」でしょ、「洲崎パラダイス」でしょ、
…えーと…

書かないけど、ハダカの出てくるのは確かに多いですね。

根がスケベなもんですから(^^ゞ
ボカシとかカットとかキライなんです。


昨日から体調がすぐれない。
体調だけでないかも、しれない。
こころの問題が、あるのかも

以上、つぶやきでした。

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October 04, 2008

手紙 -殺しへの招待-(その3)

ここまで書き込んでおいて、肝心の中島葵の話がすっかりお留守なのに気付いたので、改めてエントリ。
なんで、ついでだからこの「手紙」の出演者のことなども番外編的に。

中島葵っていってももう亡くなって結構経ってしまったが、この人のどこに関心を持ってしまったかというとその出自。以下の文のほとんどは中島葵の著作集からのうけうり。
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父親はなんと、森雅之。日本映画史に残る名優である。母親は宝塚歌劇団卒業生の梅香ふみ子で、この人の生家は熊本の東雲樓という遊郭。中島葵が生まれたのは1945年の9月のこと。
父親が森雅之ということは、祖父は有島武郎だし大おじに画家の有島生馬、作家の里見弴(さとみ・とん本名は有島英夫 生後すぐ姓が山内に変わる 文化勲章受賞)
森雅之の本名は有島行光といって、父親の有島武郎はじめとして芸術分野では名を成した名前がちらほら。
山本直純は有島武郎の妹、愛子の孫にあたるし同様に妹の志満子は慈恵医大学長の高木喜寛の妻。里見弴の子どもたちは松竹と東宝に入り専務など務めていた。
一方、熊本で中島茂七によって興された東雲樓はものすごい繁盛した遊郭だったそうで、最盛期には娼妓80余名、芸妓30名あまりを抱えておりその敷地は4千坪あったって…中には劇場まであったとは。
東映で活躍した(つっても、自分見てんのは「猪鹿お蝶」に「直撃地獄拳 大逆転」なんすけど)名和宏はこのすぐ近所の出生というのも面白いなぁ。
この劇場の存在のためなのか、茂七の孫にあたる茂香がここに関わる人たちから影響を受けて宝塚に進み梅香ふみ子となるわけで、中島葵はそんな血を受け継いでるということになるだろう。
父親の森雅之と梅香ふみ子はどういうきっかけで知り合ったのかは不明だけど、この段階で森雅之には妻子がいたのでいわゆる不倫関係だった。で、その2人の間に生まれた中島葵は森雅之からは認知されず熊本の中島家で育てられる。1961年、彼女が16歳のときに最終的には認知されたけど、森雅之からは「面会文通一切不可」と告げられるのがかわいそう。その森雅之は1973年に癌で亡くなる。
この当時は中島葵は西宮で暮らしていて、朝日放送の放送劇団に所属していたので「部長刑事」にも出演してたそうな。その後、1964年優秀な成績で日本大学芸術学部演劇科に進み、同時に文学座附属研究所に入るが両立が困難というわけで翌年に大学は退学。ここから舞台・テレビに出演する機会が増え、映画デビューは1969年ごろ、「若者はゆく」「新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ」など。里見弴とは1970年に万博でのインタビューで対面し森雅之の娘ということで歓待されたらしい。
この後すぐ文学座の座員に昇格。舞台でのキャリアを積んでいくけど1973年に文学座を退団、このころからロマンポルノに出演が始まり翌74には10本以上ロマンポルノに出演、77年ごろまでコンスタントに出演している。
OL日記 濡れた札束」とか「赤線最後の日」などが初期の出演作で、「手紙」の出演は1975年でこの直後に「愛のコリーダ」に出演し、翌年公開。

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この作品で松田英子と一緒に「本番女優」なんて呼ばれたけど、実際にそのシーンを見てみると…ちょっと違うような。
自身の著作集に納められた文によると「それらしいことをやっただけ」ということなので、たぶんこっちが正解(ただし前貼りはしてません。松田英子は本当に藤竜也としています)でも、周囲でいろいろと語られていてもこのロマンポルノ時代については本人はほとんど語っていないのも不思議。

1977年に劇作家・演出家の芥正彦と出会いこれ以後最期まで行動を共にするがロマンポルノへの出演は1978年以後減少し、一般映画への出演が増える。「十九歳の地図」「五番町夕霧楼」なんかがこの時期の出演作。
著作集に収められた小説やエッセイ、詩などの文章はこのころから書き溜められたものらしい。
癌が発見されたのは1987年、子宮摘出されてしばし療養ののち活動再開するが1990年再発。「四万十川」の撮影中のこと。
この後、入退院を繰り返したが1991年5月に亡くなった。訃報は小さいながらも主要な新聞に報じられていて、やはり「森雅之の娘」という一文がどこかに添えられていたと記憶している。

なにゆえいちいちこんなことを記してるかというと、ウィキペディアの記載は少々いいかげんだしjmdbやallcinemaデータベース、goo映画のフィルモグラフィーが一致していないのは何だかかわいそうな気がしたから。
本当ならきちんとしたものを作るべきだろうが、それは宿題に。
世の中にはいろいろな人間がいるけれど、今ならまさに「親の七光り」で持ち上げられたろうにそれが許されなかった環境で同じグラウンドにしがみついてた人と思うと、尊敬してしまいます。


で、「手紙」のキャストについても実はほとんど触れられることがないから判る範囲で何とかしたいなと思ったのだ。
だって、主要なキャスト以外はさっぱり不明なんだもん。というか、作品のタイトルで表示されるキャストが何だか不明瞭すぎ。
大体、出演者の名前には風間杜夫も入ってるけどどこに出てんだ?と思ったら、日東証券の社食で後姿で、しかもピントが合っていない(^_^;)声だけじゃん!
全編通して感じたのは、その「ウルトラ」な雰囲気。
主なキャスト以外にも円谷作品の出演歴がある方ばかりが出演しています。

吉岡みどり役のひし美ゆり子はもう、永遠のアンヌ隊員なのでこれはいいとして…
夏海千佳子は「怪奇大作戦」やら「ウルトラマンレオ」に出演した経験があるし、町田祥子も「怪奇大作戦」「ウルトラマンレオ」、羽鳥役の大木正司も「ウルトラマンA」、小沼役の片岡五郎は「戦え!マイティジャック」「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマンA」などで、音楽評論家の野上役だった花上晃も「怪奇大作戦」に出てた。あ、草薙幸二郎も「ウルトラマンタロウ」に出てる。
ヲタ的にちょっとびっくりだったのは、鹿内孝演ずる関山を誘惑しようとしたハイミスの先生が池田和歌子だったこと。
Tegami54
円谷史上もっともゴージャスに製作された「マイティジャック」の一条マリ隊員ではないですか。
まぁ、こんなところで。

間接的には村野武範もテレビ版の「日本沈没」で主演してたから、円谷つながりがある。村野武範はひし美ゆり子とは以前から付き合いがあって(村野武範が所属した文学座での研修にひし美ゆり子が参加していたことから)原田大二郎も交えて飲み友達だったとのこと。なのでここで2人で濡れ場をやるってのは、本人たちにしてみれば笑えるだろうと思う。

いずれにしろ、今のテレビドラマのしょうもない状況を考えると、こういうきちんと作りこんだドラマは本当に面白く見られるのでありがたいものです。ただ、全部通して見るとなるとやっぱり長い。毎週毎週、次はどうなるのかな~とわくわくして盛り上がりながら待つことがなくなっちゃったのも時代の流れということになるのかなぁ。

昔と違って、気概というもののない今のテレビは見るだけムダだと思います。

というわけで、ブログ始めて4周年記念エントリでした。

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