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April 25, 2008

黒い十人の女

今頃になって個人的に市川崑を追悼するため、選んだのがこれ。ほかに「穴」もあったけどそれはまたの機会にしよう。それにしても最近、白黒の大映作品しか見ていないなぁ。

市川崑はとにかく実験精神の旺盛な人だったから、なかなかに前衛的といわれる本作の評判だけは聞いてはいたけれど果たしてどんなものやらと興味津々で見てみたが、とにかく不思議な作品だった、というのが正直な感想。

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黒い十人の女
1961年大映
監督 市川崑
主演 船越英二・山本富士子
    岸恵子・岸田今日子

物語の冒頭は夜の人気の無い通り。その道を一人歩くのは風双葉(山本富士子)その後をつけていく女たちが一人二人と増えていく。そのうちにある廃墟のそばで女たちに双葉はつかまり、「あれはどういうことなの!」と詰問されるところからこのお話はスタート。

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VTVテレビの編成局に勤務するプロデューサーの風松吉(船越英二)には妻の双葉がいるほかになんとなくデキている間柄の女たちがいた。女優の石ノ下市子(岸恵子)にテレビ局出入りの印刷所・アート社の未亡人の三岸三輪子(宮城まり子)、生コマーシャルの担当女子アナ四村塩(中村玉緒)、局員の後藤五夜子(岸田今日子)などで松吉には都合十人の女がいることになる。で、女たちはお互いに自分以外の女の存在を知っててときおり喧嘩にもなったりする。
「あんな男のどこがいいの?」なんて口では言うんだけど、誰か他の女とくっついてたりすると思いっきりヤキモチ焼いたりするわけで…。
どうしても松吉と結婚したい三輪子は双葉の経営するレストラン・カチューシャにやってきて「何とか別れてください」とお願いするほどの思い込みの強さ。それでも双葉はそんな三輪子に「あの人は誰にでも優しいから次々と女ができてしまうけど、誰にでも優しいっていうことは誰にも優しくないっていうことですわ…気にしないですめばいいのに」などと語りかける。「いっそ死んでしまえばいいのに」という双葉に「流感にでもかかってしまえばいいんでしょうけど」と三輪子。
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もともと付き合いのあった双葉と市子はカチューシャで松吉を殺すにはどうするかを相談。毒殺とか、ピストルとかといろいろ話が弾む。で、この相談の内容は松吉に関係する女性の皆さんにも伝わっている。三輪子の家に泊まっていた松吉に、三輪子が結婚してくれと懇願したとき「あなたみんなに殺されるのよ」と口を滑らせてしまったもんだから松吉はすっかり疑心暗鬼になってしまった。で、本妻の双葉に直談判。いろいろ誤解があるみたいだけど、みんな自分の愛人って訳じゃない。いっそこれを機に清算しよう、と双葉に提案しまだ誰がボクを殺すか決まっていないんなら女たちの前で双葉にやってもらえばいいんじゃないか?という考えのもと芝居をうつことに。
女たちをカチューシャの別室に集め、その目の前で松吉が双葉に撃ち殺されることに段取り決定。どこからか本物のピストルも手に入れて実弾も使おうとしていたが、直前におじけづいた松吉はタマを空砲に入れ替えた。一芝居打ったのは何とかその場ではうまくいった。女たちは自分は関係ないから、と逃げ出す。「あれは話だから面白かったのに」と市子。松吉が死んだと思い込んでショックでかかった三輪子は自殺してしまう。

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そんなこんなしてたら松吉が実は生きているということが女たちにバレていた。あの人がまた会社に出てきて元通りになるのはイヤだ、という女たちにとっちめられる双葉は「あの人を閉じ込めておきたいなら、私は離婚するからあとはあなたたちにおまかせするわ」と言い放つ。それならワタシがあの人をもらう、と申し出たのは市子だった。
「煮て食おうと焼いて食おうと勝手でしょう?」
会社には病気で休職との届出を出していた松吉だったが、市子と出歩いているのを本町芸能局長(永井智雄)に目撃されたり、ロケ隊にも見られていたもんだから仮病を使って休んでいるとみなされVTVでは彼を依願退職とすることに決定。
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ぼつぼつ会社に出ようかなと思っていた松吉は自分が退職していたことに驚く。双葉との離婚も寝耳に水の話。市子も女優業を引退するとは思っていなかった。いつの間にか女たちは松吉を養うため互いに金を出し合うことまで合議し決めていたし、それは松吉を会社に二度と戻さないためだったのだ。仕事を取り上げられ泣きじゃくる松吉。そんな松吉に一番優しいのはもはや幽霊になった三輪子だけなのね。
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市子の引退記念パーティーが開かれ、その場に双葉はじめ女たちも顔をそろえた。車での帰りの道中、市子は事故を起こして炎上する車の脇を通り過ぎる。

自分の身の上を考えるとえらく合致するような気がする部分の多い作品であった。男性と女性の感覚の差をえらい客観的になぞっている、そんな感じ。自分も失職したときにヨメさんから「あなたがいてくれるだけでいい」みたいなことを言われても「自分に仕事がないままでいきていくことなんてできない」なんて会話したことあったし、モロに同じやりとりが終盤の岸恵子と船越英二のやりとりしてたことに気がついた。女性的な愛情ってこういうものなのだろうかなぁ。Kuroijuninnnoonnna6_2
松吉と双葉が狂言殺人の打ち合わせをやる直前のやり取りで、双葉が松吉に「ここにこうして、一日といわず何ヶ月も何年もずっと自分のそばにいてほしい。あなたの仕事なんてなくってもいい。ふたりで乞食やってもかまわない」などとまくしたてるけど、それでも松吉は仕事という逃げ場所にすがろうとする。こんな感覚、よーくわかる。ところどころに挟まる台詞がえらい冴えていて、人生ってそういうところ多いよなと納得させられるものばかり。これは見事な恋愛映画です。というか、ジェンダー論的観点に立つ恋愛に関する一考察を提示した論文としてみるといいかもしれない。Kuroijuninnnoonnna7_2
拳銃の実弾を空砲に入れ替えたことで松吉は双葉に見限られてしまうわけで、松吉の何かテキトーな人間性が女には受け入れられないのだな。船越英二のいつもどおりの演技が松吉のキャラクターを成立させるにだいぶ役立っているけれどいうのが面白い。岸恵子も、これは立派なヴァンプですわな。あと個人的に面白いと思ったのは、打ち合わせのスタッフ待ちしているとき出してもらったお茶に茶柱が立っているのに気づいた松吉がそのお茶に手をつけず机のすみによけてしまうくだりと、エンディングの燃える車。
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茶柱をあえて避けるのはなぜなのか?ずっと考えてしまったけど、松吉ってとにかく実利的な部分の多い人なのだということのメタファーなのか?燃える車は仏教に出てくる火車のもじりなのか?いろいろ考えてしまった。だからって、この作品は難解というわけじゃないと思うな。
おまけ的には、クレージーキャッツ(休業中の石橋エータローがいない)の演奏とコントが少し楽しめることと、あまりに若い伊丹十三の姿。何か得した気分。
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