世界大戦争
東宝の特撮映画といえばまず「ゴジラ」から始まる一連の怪獣ものがメジャーであるが、それ以外に怪獣の出てこないものがあって「美女と液体人間」「電送人間」「ガス人間第一号」がこの辺のでは有名なところ。
なかったことになってるかもしれない「獣人雪男」「ノストラダムスの大予言」もこちらの流派に入るけど、先に述べた怪人もののほか「マタンゴ」「妖星ゴラス」なんてえらい毛色の違う作品の脚本を担当したのが木村武という人。
明るく楽しい東宝映画なはずなのに、この木村武が書いた脚本は見事にダークな色合い。
単独ではないけど、そんな木村武が脚本を担当した芸術祭参加超大作がこの「世界大戦争」
見てみたら、切ない話なんだな、これって。
とにかく、日本ってのは徹底的に叩かれた敗戦国だったという事実が
まだ人々の体に染みていたことがよく判ります。

世界大戦争 1961年東宝
製作 藤本真澄・田中友幸
監督 松林宗恵
特技監督 円谷英二
脚本 木村武・八住利雄 音楽 團伊玖磨
世界大戦から16年、東京も復興し人々の新たな生活が営まれている。
アメリカプレスクラブの記者、ワトキンス(ジェリー伊藤)の運転手を務める田村茂吉(フランキー堺)は神経痛持ちの女房、お由(乙羽信子)と長女の冴子(星由里子)はじめとする3人の子供とささやかながらも幸福に暮らしている。

国際的に緊張が高まりつつあったが、彼にとっては戦争はもうこりごり。敗戦国の日本が戦争に巻き込まれるなんて考えられない。心配事は、娘の冴子と彼の家の二階に下宿する外国航路船・笠置丸の通信士、高野(宝田明)との仲くらいのもの。
航海から帰った高野は、病気治療中のコック長・江原(笠智衆)を見舞う。
江原は自分の娘・早苗(白川由美)が保母をやっている保育園を手伝っていた。
「こうやって子どもたちの顔を見ていると、つくづく平和とはありがたいものだと思います」
とは江原の弁。みんな平和のありがたさをかみしめていた。
ラブラブな冴子と高野は茂吉に自分達の結婚を認めさせ、もう幸せいっぱい。
それでも連邦国側と同盟国側との緊張は高まる一方。
連邦国ミサイル基地ではいきなり発射命令が出され、司令官(ハロルド・コンウェイ)は神に許しを乞いながら発射ボタンを押す。が、これは後に機械の故障と判明しギリギリセーフで核戦争は回避。
同盟国側も司令官のミサイル基地視察中に、雪をどかすため基地のとなりの山に仕掛けた発破を倍にするなどという危険極まりない作業のおかげでミサイルの発射装置が作動してしまう。
視察中の司令官(エド・キーン)は自ら発射装置を処理し、こちらもギリギリで発射を回避。基地は歓喜に包まれる。とにかく、どちらも戦争など望んでいない訳なのだがこんな日が続いているおかげでみーんなテンパってしまい、神経的にはズタボロ。
全面核戦争を回避すべく全世界に外交攻勢をかける日本政府=東宝内閣は総理大臣=山村総・外務大臣=上原謙・防衛長官=河津清三郎・官房長官=中村伸郎となかなかの布陣で、現在の福田内閣より重量感があるなぁ。
それでも緊張の高まる38度線上では局地核戦争まで発生。一気に緊張が高まるが
何とか休戦が成立。しかし、北極海上で再び空中戦が勃発。
停戦協定は破棄され、ついに本物のミサイル発射命令が発令される。
連邦国側に属する日本にもミサイルが飛来する…
結婚する娘のために、チューリップの球根を植える夫婦にも、娘を早苗の保育園に預け働く母・おはる(中北千枝子)にもいきなり「戦争」が降ってくる。
標的になった東京から脱出をはかる人々のため交通機関はマヒ状態。ゴーストタウンになった東京に残る田村一家、娘を迎えに必死に走るおはる、そのおはるを待つ娘や迎えの来ない子どもたちを守る早苗、無力感に絶望する首相の頭上にミサイルが迫る。
モールス信号で高野にメッセージを送る冴子。再び何もかも失うことを認めたくない茂吉。

水爆の爆発で東京は真っ赤に融けてしまうのだった。ニューヨークも、パリも、モスクワも。
笠置丸の船上では船長(東野英治郎)が乗員の意思を問うていた。
「廃墟になった東京は放射能で汚染されている。それでも、君たちは東京に帰るというのだね…私もそうだ。…東京へ帰ろう」
江原が皆にコーヒーを配る。東京へ戻るということは、彼らの死を意味するのだ。
それでも高野も江原も、乗組員みんな東京へ帰りたかったのだ。
笠置丸は転進し、東京へ進路を変える。
スタッフロールを見るだけで、この作品は超大作。
藤本真澄と田中友幸の二人が製作に名を連ねているんだもの。
それはそれとしても、このあまりにイタい物語。特撮の娯楽作品なのに「ゴジラ」でも痛い描写があってえらくリアリティが増していたけれど、この作品でもゴーストタウンにどんつくどんつくやりながら通り過ぎる宗教の人々がいたりして、この辺が東宝クオリティ。

最後の笠置丸の船上では笠智衆に東野英治郎という夢の競演なのだが、それよりもあまりにまぶしい白いコーヒーカップが、とても悲壮感を増している。
戦争を実体験していた人々がまだたくさんいた時代の映画だから、何かしたわけでもないのに空から爆弾が降ってきて命を削った体験をした、その無常観に似た感覚がものすごく生きていると思う。ほんとに、平和ってありがたいものなのだという感覚は今はないだろうなぁ。
見ていて素直に気分の重くなった作品でありました。木村武のホンは重い。
日本って、元寇で史上初の火薬を使った戦闘を体験し、原子爆弾を戦略攻撃で初めて使われ、水爆での被爆も最初に体験したというのは勉強になりました。いろいろとノーテンキに書き込みしたかったことはあったけど、もういいや。
戦争はイカンのだな。











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