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November 15, 2007

鉄腕 稲尾和久

稲尾和久が亡くなった。

リアルタイムに知っているわけではないけれど、西鉄ライオンズの
黄金時代を支えたエースピッチャーとしては知っていた。
アタシャあまり巨人が好きではないから、こんな風に打倒巨人を最大の
目標にしてそれを実現した伝説のチームというのは大好きなので、
いろいろと本とか読んで勉強しましたよ。
とにかく、この当時監督だった三原脩の「巨人憎し」の執念から
すべてが始まっていたんだろうけど集まった選手もすごかった。
中西太、大下弘、豊田泰光、仰木彬、高倉照幸などなどが
有名な伝説のチーム、西鉄ライオンズ。

稲尾の戦績を見ると、今のピッチャーの常識からはかけ離れているのに
ただただ驚く。

年間42勝って…まず絶対更新するのは無理!
この記録を作った1961年の稲尾は78試合に登板、404イニングを
投げている。このシーズンは140試合制だから、半分以上で稲尾が登板
していることになるんだが、これは凄いぞ。
404イニング?

今シーズンはちなみに、阪神の久保田が90試合に登板してるけどイニング
は108。藤本が2005年に80試合登板で92回イニング投げてるけど比較できん。
だいたい稲尾の場合は1959年に75試合登板で402イニング、1963年に74試合
で386イニング、1958年に72試合に登板して373イニングって、ものすごい
ヘビーローテーション。入団して7シーズンで2763イニング投げているの?
25歳にして234勝達成しているなんてなぁ。

07年パリーグの最多勝、涌井は17勝してるけど28試合に登板して
投球イニングは213。涌井の倍投げないと稲尾に追いつかない。

新人王を獲った1956年の成績は21勝6敗で防御率1.06…?
これより凄い数字は2リーグ制では村山実の0.98しかないぞ。
(くだらない話だけど、唯一勝てなかった投手として村山実の名前を
稲尾本人も挙げていたそうな。名球会のじゃんけん勝負で負けたから)

こりゃまさに鉄腕だわ。
おかげで「鉄腕投手 稲尾物語」なんて本人主演の映画も作られてる。
(監督は本多猪四郎だぁ)とはいっても、これはもうなんといっても
1958年の日本シリーズでの稲尾の大活躍によるものだと思う。

これはまさに伝説の日本シリーズ。西鉄対巨人の名勝負。
後楽園球場での第1戦、先発の稲尾は4回3失点で交代。その後も点を取られた
ライオンズは2-9で敗戦。
第2戦はライオンズ先発の島原があっさりノックアウトされ、1回に7点とられて
3-7でまた敗戦。
第3戦は平和台に移り、稲尾対藤田の投手戦。しかし0-1でライオンズ敗戦。
とうとう追い詰められたライオンズ、三原監督はここで名言
まだ首の皮一枚つながっている

翌日に予定されていた第4戦は雨のため順延。あまりに早く決められた順延に
批判もあったが、これが運命の分岐点になった。
第4戦はまたも稲尾の先発。この試合は豊田の活躍もあって6-4で勝利。
稲尾は126球で完投。
第5戦はライオンズ先発の西村があっさり崩れ初回に3点をとられる。
急遽登板のリリーフ島原がなんとか3イニングを持ちこたえ、4回から
稲尾のロングリリーフ。7回に中西の2ランで反撃し9回に関口のヒットで
1点返して3-3の同点、延長戦に突入。
しかし10回の裏、稲尾がまさかのサヨナラ本塁打を放ち4-3で劇的勝利。

舞台を後楽園に戻しての第6戦は、再び先発稲尾と藤田の投手戦。
初回に中西の2ランで先制し、この2点を稲尾が守りきり2-0でライオンズ
勝利。ついに対戦成績を3勝3敗のタイに持ち込む。

そして迎えた翌日の最終第7戦、なんと先発はまたも稲尾。
初回、巨人先発の堀内から中西が3ランを打ちライオンズ先制。
負けられない巨人も堀内を早々にあきらめてエース藤田を投入。
ところが藤田が5回に豊田・中西に連続安打で2点献上。
稲尾はというと、巨人打線を打たせて取るピッチングで完全に抑える。
9回裏に長嶋のソロホームランを浴びるが、この1点のみで完投勝利。
西鉄ライオンズは3連敗後に4連勝という、奇跡の逆転優勝を遂げる。

にしても、全7戦で6戦に登板し(うち先発5試合)4勝という稲尾のすごさったら。
ダルビッシュがそんな活躍してるの想像できるわけがない。
何はともあれ、こんだけのヘビーローテーションをこなした不世出のピッチャー
は8年目に故障してしまい、その翌年から勝てなくなってしまったが伝説は
変わることはない。
もう伝説が生まれることがないだろうと思うと、やはりつまんないなぁ。
稲尾をめぐる人々では、特に面白そうなのが榎本喜八。これはまた
もっと調べたいと思います。

ついでながら、これを書き込むのにパリーグの記録をいろいろ見たけれど、
際立っているのは近鉄の弱さ。1961年に103敗しているのはおちゃめ。
愛すべき球団だったなぁ。

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