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April 03, 2007

さらば植木等

 青島幸男の通夜のニューズ映像を見たとき、久々に植木等の姿を見たけど
鼻に酸素のチューブが入っていたのを見て、体調がよくないんだなぁと
思ってたので、いつかその日が…とは感じていたけど、いざ実際にその日が
来てしまうとやはり寂しいもんだなぁ。

3月27日 植木等逝去

実際には自分、リアルタイムでクレージーを楽しんだ世代とはいえないけど
兄共からは「シャボン玉ホリデー」がいかに面白い番組だったかをずっと
聞かされてきた。植木等のコントがテレビでレギュラー放送されてたのは
記憶にあるのだと「いい加減にします」だったっけ?このコントコーナーで
あまりに場慣れした空気をぷんぷんとさせてコントに参加していたのを
思い出した。
場慣れ、というか一歩退いているのかも、と思ったのは文芸坐でクレージー
映画の全作連続上映企画(とはいっても、当時のオールナイトの企画となると
若大将か駅前シリーズか、あるいはゴジラか特撮か、はたまたクレージーか
だったから、来る客は全部見てるのだ)で何本か「日本一」「無責任」を見た
ときのこと。植木等はとにかく至って普通に主人公を演じているのだな。確かに
ハジケてはいるけれどどこか冷静な感じがして、これでかえって「この人は
信念を持ってハジケている」と見えた。小林信彦によれば「植木さんが一番
面白かったのは生のステージ、次にテレビで最後が映画」だったそうなので
ぜひクレージーキャッツの生のステージを見てみたかったなぁ。もともとは
「キューバンキャッツ」だったのが、アドリブのすごさで進駐軍の連中によく
「CRAZY!」と言われたことからクレイジーキャッツになったそうなので(表記が
途中からクレージーになった)やっぱ見てみたかったな。初期に人気があった
のは石橋エータローの女形だったというのも意外だ。
後から知ったけど、フランキー堺のバンド「シティ・スリッカーズ」には植木等他
クレージーのメンバーも一時参加していたので、このシティ・スリッカーズの
冗談音楽の音楽性がクレージーに引き継がれたのらしいですな。クレージー
のメンツが固定するのは1957年から。石橋エータローの病気休業をうけて
桜井センリが代打で参加したらそのままメンバーになった話は有名。
それから考えると、先日見に行った「君も出世ができる」はやはりすごい
作品だわ。フランキー堺と植木等の共演作って、他にあったかなぁ。

クレージーの映画となると東宝のシリーズになるけれど、実は東宝以外でも
製作されてる。東宝の「裸の大将」でクレージーの面々は出演してるけど
役がついたのは大映の作品が先で「足にさわった女」とかに出演してから
サラリーマンどんと節 気楽な家業ときたもんだ」とか「スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねぇ」なんて、そのまんまの作品が先に作られてたから
こっちも見てみたいな。DVDも出てるし、なんとかしよう。他に、松竹でも
クレージーの花嫁と七人の仲間」とかあるけど、こっちはちょっと見られない
かも。
だけど、演奏自体の雰囲気をたどるのには絶頂期の昭和37~38年ごろの
「シャボン玉ホリデー」だって、たった4回分しか記録が残ってない。映画だと
1960年日活「竜巻小僧」とかで、ライブがどんな感じだったか見られるそうだけど、またフィルムセンター行かにゃならんかな。

なんにしろ、見てみたい作品ばかりが増えていく。

いずれにしろ、サラリーマンやってる自分にとっての特別なアイコンがもう
無くなってしまったのだな、と思うとさびしい。

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Comments

フランキー堺のシティ・スリッカーズとは別個に、ハナ肇はキューバンキャッツでコミック性のある音楽をやっていたようです。
もっとも、コミックの部分に馴染めずメンバーが定着しなくて、苦労していたらしい。
そこへ、冗談音楽を志向していた谷啓、天性の明るさキャラの植木等が加入することによって、バンドの方向性が確立したんだニャア。
竜巻小僧の演奏場面で、谷啓の後頭部に一発お見舞いして、「ケッケッ!」と大笑いする植木の表情は、無責任シリーズのそれと違って無理がないと思う。ぜひ、一度観てみてちょ。お邪魔しやした。

Posted by: たけちゃん | April 30, 2007 at 05:06 PM

たけちゃんさん、いらっしゃいませ。
拙文にコメントくださり、ありがとうございます。
たけちゃんさんのコメント読んで「竜巻小僧」はますます見てみたい
のですが、小生の住んでいる所では簡単に見られないのがつらい
ところで…。機会を窺う事にします。後から知ったことですが、
キューバン・キャッツって名前だけにもともとは(コミック)
ラテンバンドだったようですね。キューバン・キャッツは半年
くらいでクレイジーキャッツに改名('55年秋)してクレイジーキャッツ
となり、メンバーには犬塚弘、萩原哲晶が参加していました。
たけちゃんさんの仰る通りでメンバーは固定できなかったようです。
一方、シティ・スリッカーズはフランキー堺が映画に出演するために
この頃に解散し、こちらのメンバーだった谷啓、植木等がクレイジー
に加入(56~57年)。安田伸が最後に加入してやっとメンバーが固定
して、あのクレージーキャッツが出来上がったということになる
ようです。
バンドの方向性を個々のキャラで確立させたクレージーのような
冗談バンドは、もう出てこないのでしょうねぇ。

Posted by: 最上屋 | May 01, 2007 at 09:44 AM

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Tracked on April 08, 2007 at 08:59 AM

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