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September 01, 2006

哀しみのベラドンナ

 手塚治虫が製作した長編アニメーション3本を総称して「アニメラマ」
というのだけれど、このうちの第1作「千夜一夜物語」第2作「クレオパトラ」は
観たことがある。なのだけれど、「哀しみのベラドンナ」はその存在も
だいぶ後になって知ったし、見たこともなかった。国立近代美術館での
手塚治虫展も以前見に行った覚えがあるけれど、この会場で手塚アニメの
系譜も当然のごとく展示されていたにもかかわらずこの作品だけはなんでか
スルーされていたと記憶しています。実はこの「哀しみのベラドンナ」だけは
唯一手塚本人が参加していない、虫プロの長編作品でした。調べたらこの
当時すでに手塚治虫は虫プロの社長を退いていた。ちなみに「哀しみの
ベラドンナ」公開は1973年6月30日。ちょうどこの作品の公開の頃にあの
「ブラック・ジャック」の連載がスタートしていたと記憶しています。そのせいか
この作品は「アニメラマ」でなく「アニメロマネスク」とのフレーズがついているし
おそらくは手塚治虫プロデュースだとこんな感じの作品にはならなかったろうなぁ。
確か、「スターログ」誌上で手塚アニメの特集記事を見てこの作品名を知った
と記憶しています。
先ごろこのアニメラマ三部作がDVD化され、買うべきか否か考えてたら結局
廉価版のBOXが発売されたんで購入。見てみたら、これはすごい作品でした。

 17世紀頃?のフランスの農村。愛し合うジャンとジャンヌは婚礼の日を迎える。
その報告のため領主の下を訪れる二人だが、納める税が不足していると難癖を
つけられ、ジャンヌは領主にとらわれ彼の家来たちにも慰み者にされてしまう。
心身ともに傷つき彼の元にジャンヌは帰ってくる。深く悲しむジャン。それでも
ジャンヌはジャンを愛していた。でも、ジャンはどうしてもジャンヌを以前のよう
には愛せなくなった。本当はやはり愛しているのだけれども。
Cobm_52508





ジャンヌは生活の糧に糸を紡ぐ。糸車から小さな姿の悪魔が現れ、「おまえの
ために力を貸してやる」とジャンヌに告げる。これが最初の悪魔との出会い。
彼女の紡いだ糸は町でよく売れた。
なぜか、値引きなしでもよく売れた。おかげで村人が重税にあえぐ中、ジャンは
税を払うことができたため、税の取立てとして用いられる。しかし戦の費用を
あがなうための税を集めることができなかったジャンは左手を切り落とされる。
この頃にはジャンヌは金貸しとしてかなりの金を稼いでいたが、自暴自棄に
なったジャンは酒におぼれる(糸紡ぎの頃からだったかな?)人々はジャンヌを
悪魔憑きと噂するようになる。人々にねたまれたジャンヌは服を切り裂かれ
領主の下にとらわれてしまう。
しかしジャンヌは命からがら牢から逃れ、本当に悪魔と契りを交わす。
「何が望みだ?」
「悪いことが…したいわ」
Cobm_52509





そのころ黒死病が蔓延。しかし、ベラドンナから特効薬を作り出していた
ジャンヌは人々の命を救い、享楽的な共同体を生み出していた。
領主はジャンをジャンヌの元に送り、薬を何とか手に入れようとする。
ジャンとの再会。やはりお互いを求めるふたり。
しかし、ジャンヌは領主との取引を断り、火あぶりの刑を言い渡される…。
Cobm_52502





 虫プロ・ヘラルド映画の提携によるアニメラマ第三弾、というのが流れとしては
正しいのだけど1971年に諸般の事情により手塚治虫は虫プロの社長を辞めて
現場からは離れていた。なので、この作品に限り「アニメロマネスク」とのキャッチ
がついている。原作はジュール・ミシェレの「魔女」という小説で、もともとはこれを
基にこじんまりとした作品を作りたかったらしい。でも、出来上がりは一流の
ミュージシャンがアドリブ展開しまくるジャズフェスよろしく、才能あるアニメーター
の大セッション大会。
Cobm_52505
監督の山本瑛一はこの前2作の監督もつとめていて
絵のベースとなる美術をイラストレーターの深井国に
依頼している。この深井国の絵はとにかくきれいな
水彩画で、全編ではないにしろこの絵を動かして
いるんだからものすごい労力を投入しているのに
改めて敬服。深井国の絵を基に、1シークエンスを一人のアニメーターが
担当し描いているのが多いので、林静一とかウノ・カマキリが一人で描いた
シーンはとにかく実験的で、見ていて楽しいです。
刑場に連れてこられるジャンヌを見て、ジャンは彼女を何とか助けようとする
のだけれど衛士に刺し殺される。それを見て火の中のジャンヌは悲しむの
だけれど、その状況を見る人々が自我に目覚める。
この後がエンディングなんだけど、当初はそのまま火あぶりからフェードアウト
で悪魔の笑い声が響くものだったのが後に改訂され、フランス革命まで話を
膨らませている。このへんは許せるか否か?
とにかく、とてもいい作品なんだけどこれだけ実験的要素が強いとヒットには
ならなかったろうなー。実際ヒットにはならなかったけど、この頃は虫プロも
経営がすっかり傾いていて、背景を見ると面白い。
「ベラドンナ」公開が73年の6月30日で、関連会社の虫プロ商事が8月22日に
倒産。「ベラドンナ」がヒットしなかったことが原因ではないけれど虫プロも
11月5日にとうとう倒産。
手塚治虫は虫プロ社長からは退いていたけど手形を個人で引き受けてたり
してたので借金の返済に忙殺されることになる。漫画家としてはもはや周囲は
「もう終わり」と見ていたそうで、秋田書店が「死に水をとる」つもりでオファーした
短期連載が「ブラック・ジャック」だった。開始は週間少年チャンピオン11月19日
号からで、当初5回連載の予定だったそうな。地味に始めた連載も、だらだらと
(編集者にしてみれば)続き、ある日どうしても手塚の都合で人と会う約束がある
とのことで締め切りに間に合わない。原稿が落ちる、ってんでそれはダメ!と
担当の編集者が止めたところ「あんた鬼だ!」と手塚が怒って出て行った。
やむなく以前の作品を再掲したところ抗議の電話が殺到。編集側ではこのとき
初めてブラック・ジャックがどれだけのヒット作だったかを知ったとのこと。

ここいらの話はまた別にしといて、話を元に戻すと「哀しみのベラドンナ」の声優陣は豪華で、主役のジャンヌは長山藍子が色っぽく熱演。悪魔は仲代達矢でジャンは伊藤孝雄。高橋昌也が悪役の領主でアニメラマのレギュラー米倉斉加年は司祭の役。
他に津川匡章、山谷初男、などなどでお約束の一言出演はなし。役者が揃ってる。
スタッフもクレジット見ると月岡貞夫、林静一、ウノ・カマキリ、杉井ギサブロー、まだ駆け出しの出崎統もいるわけで、うれしくなるのでした。

虫プロの他の長編も見るぞ

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