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July 31, 2006

シリアナ

 飛行機での往路見たのが、「ナイロビの蜂」。で、復路ではさて、何を見ようと考えていたけれど、いかんせん洋行先でのボケ具合が激しく(時差とかそういうものではないです)あれやこれや考えて乗っていた飛行機。ビデオメニューを出してあれやこれや見る。
なんとなくプログラムを順送りしていたら目に入ったのが砂漠を爆走する三菱チャレンジャー号。運転するのは、えらいおっさんくさいジョージ・クルーニー。何やってんだろ?と思ってみてたら、車列を止めて何かしようとしている。
どっかのオペレーションルームで「どうします?」なんて話をしていると「目標にミサイルを発射せよ」とか何とか言ってるうちに爆発してどっかーん。
何だこれ?と思ってプログラムを読むと「シリアナ」だった。そのまま見てたらほとんど終わりのパートで、すぐエンドロールになってしまったのでそのまま続けて見て話をつなげようと思った(ループしてるので、ちょっと待てばすぐ
最初から始まります)

  レバノンの首都ベイルート。CIAの工作員ボブ・バーンズ(ジョージ・クルーニー)が接触しスティンガーミサイルを渡した相手の男たち。若い男はその箱を持って逃亡。
もう一方の男は車に荷を積んだとたんに爆死。ボブの任務は彼の暗殺だった。
息子の大学進学を機にこれを最後の仕事にしようとしていたボブ。しかし、この逃げた男の追跡を進言するも本部からは別の指令が下る。
「アラブ某国の王位継承者がテロ資金を提供している。王位継承者を暗殺せよ…」
Syriana1





ジュネーブの資源商社マン、ブライアン・ウッドマン(マット・デイモン)は新進気鋭のエネルギー・アナリスト。アラブ某国のハマド王主催のパーティーに家族で出席。
しかし、邸内のプールで息子が感電し溺死するという悲劇に見舞われる。悲嘆にくれる彼と妻のジュリー(アマンダ・ピート)。この事故に責任を感じた第1王子のナシール(アレクサンダー・シティグ)は彼を相談役にして、エネルギー政策の改革を進めようとする。すでにメジャー石油会社コネックスとの契約を打ち切りさらに好条件の中国に採掘権を移すなど、改革を進めていたナシール王子。
自主路線を進言するブライアンの言葉に王子は真摯に耳を傾ける…
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ワシントンの大手弁護士事務所、スローン・ホワイティングに勤務する野心的な弁護士、ベネット・ホリデイ(ジェフリー・ライト)は大きな転機を迎えていた。
石油大手のコネックスと、カザフの採掘権を獲得し注目を集めるテキサスの石油会社キリーンの合併計画を成功させるためカザフでのキリーンの取引実態ををつかみ、コネックスに危険が及ばぬようその情報を司法省に提供
することを命じられたのだ。その作業の中、彼は自分の役割を理解する。
正義などは必要ない。アル中の父(ウィリアム・C・ミッチェル)になじられても彼は自身の出世のため、調査を進める。一方で事務所のボス、ディーン・ホワイティング(クリストファー・プラマー)はコネックスとの契約を切ったナシール王子でなく第2王子を継承者とするようハマド王に圧力をかけ始める…
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パキスタンからナシール王子の国に父と出稼ぎに来ていた青年ワシーム(マザール・ムニール)は、コネックスと国との契約が切れたためいきなりのクビ。次の仕事を探すこともかなわず、周囲は出稼ぎ労働者にはとことん冷たい。彼は救いをイスラム神学校マドラッサに求めるようになる。友達に紹介されそこで出会ったのは、青い目の若い男。ボブからミサイルを持ち逃げした男だった…
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主な登場人物はこの4人。彼らが、石油の利権をめぐる縦糸にからんでくる群像劇なのだった。それぞれの物語がどこかでつながっているのだけれど、登場人物たちはそんなこと知るわけない。
原作はロバート・ベアの「CIAは何をしていた?」で、これを「トラフィック」の脚本書いたスティーブン・ギャガンが監督。とことん第三者的な描写は題材に合っているかもしれんけど、もっと人間の機微ってもんが見えるとなお良いかなぁ。
自作はあるのか?こんなんばっか撮ってたら息がつまりますよ。ソダーバーグは「オーシャンズ11」なんてのも撮ってるんだし。この映画の製作には当然のごとくスティーブン・ソダーバーグも参加。視点としては、とにかく産油国とその利権をめぐるアメリカという国をえらく皮肉な物言いで映画にしてる、というとこ。
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物語の展開は結構大変で、ボブは途中で任務がバレて敵に捕まり、手の爪をはがされる拷問に遭う。何とか解放されると任務からは外されるし、ベネットは調査の結果を八方丸く収まるようでっち上げる。
ボブは自分の捨て駒的役割に気づき、テロ対策でなく利権のため王子を排除しようとするCIAの真の目的を知る。車列を組んで移動中のナシーム王子の車にはブライアンが同行。この状況でボブは車を飛ばして王子に危険を知らせに走っていたのでした。
Syriana4





しかし、ミサイルは発射され、王子一家は爆殺される。ブライアンは怪我はするけど、妻の待つ家にたどり着く。

ワシームは自爆テロにリクルートされ、、例のスティンガー抱えて漁船に乗り込みコネックスのタンカーに突入。
Syriana5





ワシントンのベネットは、遅くに帰宅。アル中の父が入り口のドアに座り込んでいる。いつもと変わらず、父を抱え家に入るベネット。

個人的にはクリス・クーパーがいい味出してると思いました。この人食えねぇ、と思わせるキャラクターを好演。ウィリアム・ハートの姿も久々に私見ました。
「蜘蛛女のキス」は遠くなった。
それでも、CIAこんなんまでするかな?と思った。乱暴すぎでしょ。
ちなみに、冒頭ボブが取引するスティンガーと思われるミサイルの箱には、よく見るとロシア語が書いてあったりするそうな。
邦題をそのままつけるなんてお下劣!と憤っていた人もいるようだけど、それは考えすぎです。「尻穴」だって?syrianaは中東のこと。
こんな風に、もっとみんな政治について考えるようにしたいものです。

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July 19, 2006

ナイロビの蜂

 先日、由あって海外へ出かけておりましたが、往路の飛行機の中で
はどうせ寝ていくことになるんだから楽なもんだと思ってた。が、ビデオを
選んで見られることを知り、プログラム冊子を眺めてたらプログラム中にもう、
「ナイロビの蜂」が入っていました。これは寝ている場合ではないってんで、前日
遠足前夜の子どもと同じにさっぱり眠っていないにも関わらず、しっかりと鑑賞。
他に「ブロークバック・マウンテン」も選べたけれど、悩んだ結果こちらに。
001






原作はジョン・ル・カレのconstant gardener(原題も同じ)訳すると「誠実な
庭師」とでもいうのかな?映画の邦題は、劇中登場する製薬会社のマークに
蜂の絵が使われていることによるので、ありがちな「愛と哀しみの云々」みたいな
ものではないので納得。邦訳原作の題も同じ。
005

英国外務省一等書記官のジャスティン・クエイル
(レイフ・ファインズ)はガーデニングの好きな、
おとなしい男。ナイロビの空港からロキへ旅立つ
妻テッサ(レイチェル・ワイズ)
を見送る。
「じゃ2日後に」
黒人医師のアーノルド(ユベール・クンデ)と一緒に飛行機に乗り込む妻を見送る
ジャスティン。
後日、友人の高等弁務官サンディ・ウッドロウ(ダニー・ヒューストン)がジャスティン
を呼び出す。
「遺体の確認をしてほしい」
ジャスティンが安置所で見たものは、変わり果てた妻の姿。アーノルドは行方不明。
警察は単なる殺人事件として処理しようとするのだが、その捜査に納得がいかない
ジャスティン。
002

彼がたまたま上司の代理で講義に行った先で、
舌鋒鋭く論戦を挑んできたのがテッサ。そこで
彼は恋に落ち、彼女と結婚する。精力的な慈善
活動家だった彼女は妊娠し活動はしばらくおと
なしくなるが、子どもは死産だった。以後、ますます
精力的に活動するテッサ。そんな妻の姿にさほど関心を払わなかったジャスティン
は彼女が本当は何をしていたのかを知ろうと、積極的に彼女の人生に向き合う
決意をする。
「彼女はなぜ殺されたのか?」
独自に調査を始めたジャスティンは、大手製薬会社がイギリス政府とともにケニア
で行っていた問題のある新薬の実験をテッサが告発しようと、レポートを外務省に
送っていたことを知る。その事実を明るみにしようとするジャスティンにも、危険が
迫っていた…。

 まずル・カレの原作ということを考えると(未読だけど)かなりうまく脚本に仕立て
てあると思う。レイフ・ファインズはこの風采のあがらないジャスティンの造形には
かなりいい線いってると思います。この作品でテッサを演じたレイチェル・ワイズは
アカデミー助演女優賞をゲットしてるけど、うまくキャラクターが立っているもんなぁ。
「恋に落ちたシェイクスピア」のグウィネス・パルトロウみたいにうまくキャラクターが
目立ってるから、これはまぁ及第点でしょう。
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「シティ・オブ・ゴッド」のフェルナンド・メイレレスが監督なのだけど、この人の
感覚はとにかく基本的に視覚的なものなのかなぁと思った。ケニア国内の色のある
映像とロンドンのどえらいくすんだ色の映像の、この表現の差といったらものすごい。
おかげで、見ててメリハリがあります。短いカットでつなぐ、ナイロビの雑然とした
パワフルな描写と引き気味に灰色のトーンで描かれるロンドンの街にすこし新鮮な
驚きがあった。
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劇中、盗賊に襲われる部落の描写がある
けれど、ここから飛行機で脱出する
ジャスティンが女の子を助けようとする。
しかし「ここではそんなことはできない。
彼女をおいていくんだ!」とパイロットに
言われる。女の子はそれを知っていてか自分から離れていく、というくだりが
あるけれどこれもまた切ない。
援助と救助は別なのだ。そして介入もできない国連の活動。納得いかんぞ。
自分の妻の信念と行動の意味を知り、ジャスティンは妻への愛を確かめるわけ
だが自分にゃそんなことはようできません。うぅ、なんて器量の狭い自分。
彼女が最期に見たであろう湖の、その岸辺でたたずむジャスティンの姿は
なんともいえない余韻がありました。
まずまずの好作品でありました。

にしても、洋行ボケで6月の更新は一切無し。こんなこっちゃいけません。
オプス・デイの修道士にならい反省。

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