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May 24, 2005

お疲れ様、について考える

前から我が家では、とある全国紙の新聞をとっている。必然的に毎日読んでいる訳
だけど、この紙面で学生を対象として、投稿された作文の指導をするコラムが週一
回掲載されている。
 去年だったと思うけど、このコラムで「目上の人間に対するねぎらいの言葉は
お疲れ様ではない」との一文があった。うちの奥さんは専門学校で学生にマナー
指導なんぞやったりしているので、今まで「目上の方には『お疲れ様でした』と声を
かけるのが正しい」と指導していたわけで、自分だってその通りだと思っていた
ので、このコラムの一文はかなり驚いた。では、なんと言うのだ?と思った僕は
この新聞のHPからこの筆者にメールを送った。「我々は目上の方に使う言葉は
『お疲れ様でした』と認識している。どのように正しくないのか教えて欲しい」との
内容だったはず。
そんなことも忘れた頃に、この筆者から返事が届いた。この封書、確かとっておい
たはずだけど見つけられない。確か、「目上の人間に対して『お疲れ様でした』と
言うのが正しくないのは定説だ。高名な国語学者の方に直接うかがった」との
文面だったと記憶している。
「自分の書いたものにこのように反応があることがうれしい」「気持ちがこもって
いればどの言葉でもかまわないとは思う」との文がまぁ、順不同ですけど記して
あったはず。
しかし、国語学者の金田一春彦がその著作で「目上の方には『お疲れ様でした』を
使うのが正しかろう」と語っているぞ。「笑っていいとも」のレギュラーしてたから
文化勲章もらえなかったけど(本人もあきらめていたけど)立派な国語学者の、
金田一春彦。
んで、このことを反論として送ろうかとも思ったけど、やめた。
メディアに関わっていた人間がこんなに一義的なものの見方をしているのにまず
驚き、そして諦観してしまったから。
本当のことはいろいろな角度から見て確かめることが必要だと自分では思って
いるから、最初から「これが正しい。裏づけも偉い先生にもらっている」みたいに
されると相手にするのが何かあほらしくなった。しかも、相手はメディアの人間。
そういう立場の人間が一義的観点でものを語っているのは、何か奇妙に感じ
られたのだ。…まるで宗教じゃん、とも思った。真実はどこにあるのだろう。

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Comments

某朝目新聞ね。この記事、憶えてます。ワタシもびっくりしました。もっとも「なるほど、そういう解釈もあるのか」と感じましたけど。何日か後に「声」欄か何かに反応がありました。最上屋さんと同じような意見だったと記憶してます。

しかし目上目下というのもムヅカしいもんで、PTAのお母様方に対して「ご苦労様です」(目下に対するねぎらいの言葉とされている)とは言い難く、困っていたんです。
その「声」氏だったかは「お世話様」という言葉を提案してくれて、専らそれを使っております。

ちなみにこの新聞社、ワタシも「それはちょっと事実誤認じゃないか」とメールを出したことがありますが、返信なし、でしたね。

Posted by: ケイティ | May 25, 2005 at 01:50 AM

うちのは地方版ですんで、このコラム月曜日の朝刊に
載ってます。ちなみに、もらった返信の手紙にはその「声」の
方と同様の見解が記されていました。そのえらい
先生の意見として、でしたが。
この手紙、ちょっと変だったのはコピーの紙で、原文は一応
ワープロソフトで打ったものだったです。
なにげに、縦書きがななめ気味でした。

 自分の場合、目上とか目下を考えないで済むよう手っ取り早く全部
「お疲れ様でした」を使ってます。

Posted by: 最上屋 | May 25, 2005 at 05:27 AM

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